- 結論:棚卸資産の「増え方」を見れば、売上より早く景気の失速が見える
- 棚卸資産が急増すると何が起きるのか:株価に効く4つのメカニズム
- まずはここだけ見ろ:決算から作れる「在庫アラート」3指標
- 指標1:棚卸資産増加率 − 売上高増加率(在庫の“スピード差”)
- 指標2:在庫回転日数(DIO)の悪化
- 指標3:営業CFと在庫増の整合性(“利益は出てるのに現金がない”を発見)
- “悪い在庫”と“良い在庫”の見分け方:在庫の質を分解する
- 業種別に効き方が違う:在庫増が“危険シグナル”になりやすいセクター
- 投資での使い方①:個別株の「下方修正」を先回りする(ショート・回避)
- 投資での使い方②:在庫調整の“終盤”を拾う(逆張り・ロング)
- 実戦例:在庫データから「どの銘柄が一番危ないか」を序列化する
- 落とし穴:在庫増でも危険ではないケース(誤判定を避ける)
- 景気の読み替えに使う:企業在庫からマクロを推測する
- 具体的な情報源:どこで数字を取るか(日本株・米国株)
- 売買戦略テンプレ:在庫シグナルを“取引”に変える3パターン
- リスク管理:在庫テーマは“当たり外れ”よりも“損失限定”が重要
- まとめ:棚卸資産は「業績の一歩手前」を映す鏡
結論:棚卸資産の「増え方」を見れば、売上より早く景気の失速が見える
棚卸資産(在庫)が急に積み上がる局面は、企業が「売れる前提」で作ったり仕入れたりした商品が想定ほど捌けていない状態です。これは需要の減速、価格競争の激化、値引き(マージン悪化)、キャッシュフローの悪化に直結しやすく、株価の下落要因になりやすい一方、見方を変えると“底入れの最終局面”を捉える武器にもなります。
ポイントは「在庫が多い=悪」ではなく、売上・利益・受注・出荷などの需要指標に対して在庫がどの速度で増えているか、さらにその在庫が“売れる在庫”か“売れ残る在庫”かを切り分けることです。本稿では、決算書だけで再現可能なチェック手順と、投資判断に落とし込む具体的な戦略を解説します。
棚卸資産が急増すると何が起きるのか:株価に効く4つのメカニズム
在庫はPL(損益計算書)では見えにくく、BS(貸借対照表)とCF(キャッシュフロー計算書)に強く出ます。急増局面で株価を動かす経路は主に4つです。
1)値引き・廃棄による利益率低下
売れ残りが出ると値下げで回転を上げます。すると売上総利益率が落ち、営業利益率も連鎖して悪化しやすい。季節商品(アパレル)やモデルチェンジが速い(スマホ周辺、家電、半導体関連)ほど影響が大きいです。
2)キャッシュフロー悪化→資金繰り・増資リスク
在庫は現金を“棚に置いた”状態です。棚卸資産が増えると運転資本が膨らみ、営業CFが悪化します。金利が高い局面では運転資本コストが急に重くなり、短期借入の増加や財務制限条項(コベナンツ)に触れるリスクが上がります。
3)ガイダンス下方修正の前触れ
需要が弱いのに生産・仕入れを止められない(あるいは止める判断が遅い)と、次の四半期に出荷調整や工場稼働率低下が起き、業績下方修正につながりやすい。株価は実績よりも“次の見通し”に反応します。
4)サプライチェーンの歪みが露呈
在庫増は単社要因だけでなく、業界全体(特にサプライチェーン上流)で起きます。川下(小売)で需要が落ちると、川中(卸)→川上(素材・部品)へ遅れて波及します。上流ほど在庫調整が痛く、株価の下落が大きくなりがちです。
まずはここだけ見ろ:決算から作れる「在庫アラート」3指標
初心者でも再現でき、しかも精度が高いのは次の3つです。どれも前年同期比(YoY)と直近数四半期のトレンドを併用します。
指標1:棚卸資産増加率 − 売上高増加率(在庫の“スピード差”)
最初に見るべきは「在庫が売上より速く増えているか」です。計算は単純で、棚卸資産の増加率から売上高の増加率を引くだけです。
在庫スピード差 = 棚卸資産YoY − 売上高YoY
この差がプラスで大きく、かつ2四半期以上続くと危険度が上がります。特に売上が伸びていないのに在庫だけ伸びるパターンは、需要見誤りや販売不振の可能性が高い。
具体例(イメージ)
・売上YoY +2% なのに在庫YoY +25% → 需給悪化、値引き圧力、次四半期の利益率警戒
・売上YoY +20% で在庫YoY +15% → 需要に追随した増加の可能性(必ずしも悪ではない)
指標2:在庫回転日数(DIO)の悪化
次に「どれだけ在庫が寝ているか」を見ます。在庫回転日数(Days Inventory Outstanding: DIO)は、在庫を日数換算した指標です。
DIO = 棚卸資産 ÷ 売上原価 × 365
四半期ベースなら365ではなく90で近似してもよいですが、継続的に同じ方法で見るのが重要です。DIOが上がる=売るのに時間がかかっている、ということ。DIOが急に跳ねた企業は、その後に粗利率が落ちることが多いです(値引き・返品・陳腐化)。
指標3:営業CFと在庫増の整合性(“利益は出てるのに現金がない”を発見)
損益がよく見えても、在庫が積み上がると営業CFは悪化します。ここは投資家が見落としやすい盲点です。
見方:
・営業利益は横ばい〜増加なのに営業CFが悪化している → 運転資本(在庫・売掛)増が原因の可能性
・在庫が増えて営業CFも悪い → 需給悪化のストレートなサイン
・在庫が増えているが営業CFは強い → 仕入条件改善、前受金増、在庫の質が良い可能性(要深掘り)
“悪い在庫”と“良い在庫”の見分け方:在庫の質を分解する
棚卸資産は「商品」「製品」「仕掛品」「原材料」などで構成されます。危ないのは売れ筋が外れた製品・商品在庫で、比較的マシなのは受注に紐づく仕掛品・原材料です。決算短信・有価証券報告書の注記やセグメント情報で以下を確認します。
チェック1:完成品(商品・製品)比率が上がっているか
完成品が増えているなら「売れ残り」の疑いが強い。逆に仕掛品が増えている場合は、納期長期化や大型案件の進捗による可能性もあります。
チェック2:評価損・廃棄損の計上
在庫評価損は“在庫の質が悪い”ことの証拠です。特に複数四半期で継続すると、構造的な需給悪化の可能性が高まります。
チェック3:受注残・出荷の動き(BtoBの場合)
装置・部材などBtoBは受注残が先行指標です。受注が落ちているのに在庫が増えるのは赤信号。受注が強く在庫が増えるのは“前倒し生産”で説明できる場合があります。
業種別に効き方が違う:在庫増が“危険シグナル”になりやすいセクター
1)アパレル・小売
季節性が強く、売れ残りが即値引きに直結します。DIOが少し上がるだけでも粗利率に効くため、在庫指標の先行性が高い。
2)家電・スマホ周辺・PC関連
モデルチェンジやスペック競争で陳腐化が速い。値引きで回転を作るビジネスなので、在庫増→粗利率悪化の連鎖が出やすい。
3)半導体・電子部品(特にサイクル型)
需要が落ちると在庫調整が長引きやすい。川下(セットメーカー)の在庫が増える→川上に“遅れて”効くため、在庫データで業界の循環局面を読むのに向きます。
4)自動車部品・産業財
受注産業でも、景気後退局面は稼働率が落ちる。原材料・仕掛品が積み上がると固定費吸収が悪化し、利益率が落ちます。
投資での使い方①:個別株の「下方修正」を先回りする(ショート・回避)
在庫アラートは“避けるべき銘柄”のスクリーニングに強いです。具体的な手順を示します。
ステップ1:在庫スピード差を計算
前年同期比で、在庫YoY−売上YoYが+15pt以上を目安に警戒。業種によって閾値は変えます(アパレルは+10ptでも危険、重工はもう少し許容)。
ステップ2:DIOが上昇しているかを確認
直近2四半期でDIOが連続上昇、かつ前年差が大きい(例:+10日以上)なら危険度アップ。
ステップ3:営業CFの悪化とセットで見る
利益が出ているのに営業CFが弱いなら“粉飾ではないが無理して回している”可能性。短期借入が増えていればさらに警戒。
ステップ4:次の材料(決算・ガイダンス)までの時間軸を決める
ショートは時間が味方しません。決算発表や月次売上など、需給悪化が表に出るタイミングまでを想定して建てます。長期の“当て物”は避け、イベントドリブンで管理します。
投資での使い方②:在庫調整の“終盤”を拾う(逆張り・ロング)
在庫は悪材料として織り込まれやすい一方、調整が進むと“最悪期の通過”として株価が先に反転することがあります。狙うのは次の形です。
形A:在庫は高いが、増加率が鈍化している
在庫YoYはまだプラスでも、前四半期より伸び率が大きく低下していれば、在庫積み上げが止まり始めたサインです。
形B:DIOがピークアウト
DIOが上がり続けた後、横ばい〜低下に転じると需給改善が始まっています。ここで重要なのは、売上の回復よりDIOの改善が先に出ることが多い点です。
形C:値引きで粗利率は落ちるが、営業CFが改善し始める
利益率の低下は痛い一方、在庫が現金化されればCFは改善します。市場は“利益”より“資金繰りの安心”に反応する局面があります。
実戦例:在庫データから「どの銘柄が一番危ないか」を序列化する
同じ業界でも危険度は違います。以下の“点数化”で、避けるべき順番を作れます。
在庫リスク・スコア(例)
・在庫スピード差:+10ptで1点、+20ptで2点、+30ptで3点
・DIO前年差:+5日で1点、+10日で2点、+20日で3点
・営業CF:前年同期比で悪化なら1点、赤字転落なら2点
・短期借入:増加なら1点、急増(例:+30%以上)なら2点
合計点が高いほど、次の決算でネガティブサプライズが出やすい“候補”になります。
このスコアは厳密な統計モデルではありませんが、個人投資家が手作業で再現でき、かつ“見落とし”を減らす実務的な武器になります。
落とし穴:在庫増でも危険ではないケース(誤判定を避ける)
在庫増を見て機械的に売ると外します。よくある例外を押さえてください。
1)先回りの仕入れ(原材料価格高騰前の買い溜め)
資源高・供給制約の局面では、意図的に原材料在庫を積むことがあります。この場合、注記や経営者コメントに“調達戦略”が出やすい。売上・受注が堅いなら過剰反応しない。
2)新製品投入前の積み増し
新モデルの発売前に出荷準備として在庫が増えることがあります。ここは月次販売や予約状況、販促計画と合わせて見るべきです。
3)M&Aで在庫が増えた
買収でBSが膨らむと在庫も増えます。連結範囲変更の影響を除いて見ないと誤判定します。
4)受注生産の仕掛品増
プロジェクトの進捗で仕掛品が増えるのは普通です。受注残や進捗率、検収タイミングを確認してください。
景気の読み替えに使う:企業在庫からマクロを推測する
個別株だけでなく、在庫は景気の先行性があります。複数社で在庫アラートが同時に点灯し始めたら、マクロの減速(景気敏感株の調整)を疑うべきです。特に次の順番で波及します。
川下(小売・最終需要)→川中(卸・部材)→川上(素材・装置)
たとえば、消費財の在庫増が目立ち始めた段階で、数四半期遅れて素材・装置の受注が落ちます。つまり、“今、どの階層で在庫が増えているか”を見ることで、次に痛むセクターを推測できます。
具体的な情報源:どこで数字を取るか(日本株・米国株)
日本株
・決算短信(BSに棚卸資産、CFに営業CF)
・有価証券報告書(棚卸資産の内訳、評価損の方針、注記)
・四季報/適時開示(補足情報)
米国株
・10-Q / 10-K(Inventory、COGS、Cash Flow)
・MD&A(経営者が在庫の理由を語る場所)
データサービスがなくても、IR資料とEDINET/EDGARで十分に拾えます。
売買戦略テンプレ:在庫シグナルを“取引”に変える3パターン
パターン1:回避(ロングから外す)
保有候補の中で在庫アラートが点いた銘柄を外すだけでも、パフォーマンスは改善しやすい。特に地合いが弱い局面では“悪い銘柄を買わない”効果が大きいです。
パターン2:イベントドリブンショート
在庫スピード差が大きく、DIO悪化、営業CF悪化が揃った銘柄を、決算前に小さく建て、決算後に素早く手仕舞いする。狙いは“下方修正・粗利率悪化”のサプライズです。
パターン3:ペアトレード(同業内ロング・ショート)
同業で在庫が健全な企業をロング、在庫が危ない企業をショートにすると、市場全体の方向性リスクを下げつつ、需給差(在庫の質の差)を取りに行けます。個人投資家でも再現しやすいのが利点です。
リスク管理:在庫テーマは“当たり外れ”よりも“損失限定”が重要
在庫の悪化は材料として強い反面、「いつ織り込まれるか」は不確実です。したがって、リスク管理はルール化してください。
・決算や月次など、材料が出るまでの時間軸を固定する(ダラダラ持たない)
・ショートは最大損失(逆行)を先に決める(ボラ拡大に耐えない)
・ロングは“在庫改善の兆し”が出るまで分割で入る(初動の落ちを拾いに行かない)
まとめ:棚卸資産は「業績の一歩手前」を映す鏡
棚卸資産の急増は、需要が鈍った時にまず表に出る変化です。売上や利益が崩れるより前に、在庫とCFが先に痛みます。だからこそ、決算のたびに「在庫スピード差」「DIO」「営業CF」をルーティンで確認するだけで、避けるべき銘柄と拾うべき局面を早く見極められます。
最後に、実務的なチェック順を再掲します。
チェック順(最短)
① 在庫YoY − 売上YoYが大きくプラスか
② DIOが連続上昇・前年差拡大か
③ 営業CFが利益と逆行して悪化していないか
④ 在庫の内訳(完成品比率、評価損、受注残)で“質”を確認
⑤ 取引に落とすなら、決算などイベントまでの時間軸を固定
この型を回すだけで、「景気減速の入口」で痛む銘柄を避け、「在庫調整の終盤」で反転しやすい銘柄を拾う確度が上がります。


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