- 結論:棚卸資産の「増え方」には2種類あり、見分ければ武器になります
- 棚卸資産が増えると株価が崩れやすい理由:利益が「見かけ」になりやすい
- まず見るべき3点:在庫だけを見ると必ず判断を誤ります
- 実務的な判定ルール:初心者でも迷わないための「3段階フィルター」
- 具体例で理解する:同じ「在庫増」でも、良いケースと悪いケース
- 業種別に落とし穴が違う:ここを知らないと誤判定します
- 投資判断に落とす:在庫シグナルを「売買ルール」に変換する方法
- スクリーニング実例:決算データで機械的に候補を拾う
- 在庫と一緒に見ると精度が上がる指標:セットで“嘘”を炙り出す
- 逆に「買いチャンス」になる局面:在庫問題が織り込まれた後の反転
- 初心者がやりがちな失敗と回避策
- まとめ:在庫は「景気減速の煙」になりやすい。数字で先回りする
- 会計・開示の読み方:棚卸資産評価損はどこに出るか
- ミニケーススタディ:数字で一発判定する練習
- さらに精度を上げる“玄人寄り”の視点:在庫は需給の指紋です
- 最後に:チェックリスト(保存版)
結論:棚卸資産の「増え方」には2種類あり、見分ければ武器になります
棚卸資産(在庫)が増えている企業を見たとき、多くの個人投資家は「売れてない=悪い」と直感します。直感自体は正しいのですが、投資判断としては粗いです。在庫は、(1)売れる前提で積み上がっている在庫と、(2)売れないのに積み上がってしまった在庫で、意味が真逆だからです。
前者は、需要が強くて供給制約がある局面(例:部材不足、輸送制約、設備制約)で起き、後者は、需要減速・競争激化・商品陳腐化で起きます。投資家が儲ける余地があるのは「後者を早く見つけて回避する」「前者を誤って売らない」この2点です。
この記事では、初心者でも決算書から機械的に判定できるように、在庫の増加を比率と現金の動きで切り分ける方法を、業種別の落とし穴も含めて解説します。
棚卸資産が増えると株価が崩れやすい理由:利益が「見かけ」になりやすい
棚卸資産が増えているのに利益が出ている会社は、一見すると優良に見えます。しかし、在庫は現金を使って仕入れるか、材料や人件費をかけて作るものです。つまり在庫増は、現金の固定化を意味します。
しかも会計上、在庫は売れたときに初めて売上原価(費用)になります。売れていない在庫が増えるほど、費用化されるはずのコストが資産として貸借対照表に残り、損益計算書の利益が「盛れやすい」構造になります。これが、在庫増が怖い本質です。
さらに需要減速局面では、売れない在庫は値引き・廃棄・評価損(棚卸資産評価損)・減損として後から一気に損失化します。株価はその前段階、つまり「在庫が増え始めた段階」で先に反応しやすいので、早期検知の指標として使えます。
まず見るべき3点:在庫だけを見ると必ず判断を誤ります
在庫の急増をシグナルとして使うなら、次の3点をセットで見ます。
1) 売上高の伸び vs 在庫の伸び
最も単純で強い比較です。売上が前年同期比+5%なのに在庫が+30%なら、需要に対して供給が過剰になっている可能性が高いです。逆に売上が+30%で在庫が+10%なら、むしろ回転が良い可能性があります。
2) 在庫回転率・在庫日数(Days Inventory Outstanding)
在庫の「量」より「滞留時間」が重要です。一般に、
在庫回転率=売上原価 ÷ 平均棚卸資産
在庫日数=365 ÷ 在庫回転率
で計算します(四半期なら365の代わりに90などを使います)。在庫日数がじわじわ伸びている企業は、売り切る力が落ちています。売上が伸びていても、滞留が伸びているなら要注意です。
3) 営業キャッシュフロー(CFO)と運転資本の増減
決算書で最も「嘘がつきにくい」のはキャッシュフローです。在庫が増えると、通常は運転資本が増えてCFOが悪化します。利益は増えているのにCFOが弱い場合、在庫や売掛金が膨らんでいる典型パターンです。
実務的な判定ルール:初心者でも迷わないための「3段階フィルター」
ここからは、銘柄を見たときに迷いを減らすため、簡易ルールを提示します。厳密な統計モデルより、まずは再現性の高い手順を持つほうが結果が安定します。
フィルターA:在庫増加率が売上成長率を大きく上回っていないか
目安として、在庫増加率 − 売上成長率が+15〜20%を超えると黄信号です。業種により変動しますが、「差が大きい」ことがポイントです。
フィルターB:在庫日数が上昇トレンドか
単発の増加は季節性や新製品投入で説明できることがあります。危ないのは、2〜3期連続で在庫日数が伸びるケースです。特に、小売・アパレル・家電・半導体関連(市況型)では、トレンド変化が早く出ます。
フィルターC:CFOが弱い、または運転資本が悪化しているか
在庫の積み上がりが資金繰りに波及すると、銀行借入や社債の増加、利払い負担の増加、さらには増資リスクへ繋がります。利益が出ているのに現金が増えない企業は、株主に優しくありません。
具体例で理解する:同じ「在庫増」でも、良いケースと悪いケース
悪いケース:需要が止まり、値引きで利益率が崩れる
例えば、景気減速や金利上昇で耐久財(家電、家具、自動車関連)の需要が落ちると、メーカーや流通は在庫を抱えます。最初は「一時的」と説明しますが、売れない在庫は資金を食い、最終的に値引き販売に向かいます。
このとき決算には、次の順で悪化が現れやすいです。
① 在庫増 → ② 在庫日数上昇 → ③ 値引きで売上総利益率が低下 → ④ 評価損・返品増 → ⑤ ガイダンス下方修正
株価は④⑤の前に動くことが多いので、①②の段階で警戒するのが合理的です。
良いケース:供給制約下で、出荷待ち(仕掛品・部材)として積み上がる
一方、需要が強いのに供給が追いつかない局面では、部材在庫や仕掛品が増えます。典型は、部品不足の時期の自動車や電子機器です。この場合、売上は出荷できた分だけしか計上されませんが、将来出荷予定の分が在庫(仕掛品)に溜まります。
見分け方はシンプルで、受注残や納期の長期化、価格転嫁の強さが説明として整合するかです。加えて、CFOが悪化しても、同時に値上げ・高い稼働率・受注増が見えているなら、短期的な運転資金の増加として許容されることがあります。
業種別に落とし穴が違う:ここを知らないと誤判定します
小売・アパレル:在庫の質が最重要(“売れる在庫”か)
小売は在庫回転が生命線です。新作の投入とセールのタイミングで在庫が増えるのは自然ですが、問題は「売り切る設計」になっているかです。チェックポイントは、売上総利益率の変化と、販売費の増加(広告・販促)です。販促費が増えているのに回転が改善しないなら、値引きの前兆です。
製造業:完成品より仕掛品・原材料の増加に注意
完成品在庫が増えているなら需要減速の可能性が高いですが、原材料や仕掛品は「生産計画の見直し遅れ」でも増えます。特に市況型(半導体、電子部品、工作機械)では、受注が急減したのに生産が止まらず、仕掛品が膨らむことがあります。受注指標(受注高、受注残、BBレシオ等)と必ずセットで見ます。
食品・日用品:在庫増は比較的マイルドだが、原材料高の影響が出る
生活必需品は需要が安定しやすく、在庫増=即危険とは言いにくいです。ただし原材料高の局面では、値上げ前の駆け込み仕入れや、価格転嫁の遅れで在庫の評価が揺れます。利益率が守れているか、在庫評価方法(先入先出・総平均など)も確認すると精度が上がります。
SaaS・サービス業:棚卸資産が小さいので別の指標を優先
サービス業は在庫が少ないため、棚卸資産よりも売掛金や契約負債、解約率などが先行指標になります。在庫分析が効くのは、基本的にモノを扱うビジネスです。
投資判断に落とす:在庫シグナルを「売買ルール」に変換する方法
在庫の急増を“危険信号”として終わらせず、実際の売買に使うには、ルールを明確にします。以下は個人投資家でも実装しやすい形です。
ルール1:四半期決算で「在庫>売上」を確認したら、まずポジションサイズを落とす
いきなり全売却ではなく、まず半分にするなど段階的にします。在庫シグナルは先行性がある一方で、供給制約などの例外もあるため、確率で戦うのが現実的です。
ルール2:次の決算で在庫日数が改善しないなら、原則撤退
2期連続の悪化は、経営の見通しが外れている可能性が高いです。特に、値引きが始まると回復は遅れ、株価は長く低迷しやすいです。
ルール3:在庫が増えたのに粗利率が維持されている企業は、逆に「強者」の可能性を検討
値引きせずに売れているなら、需要が強いか、価格支配力があるかです。ここで“在庫増=悪”と決めつけると、強いトレンド銘柄を手放す原因になります。粗利率・価格改定・受注残の説明が整合するかを確認します。
スクリーニング実例:決算データで機械的に候補を拾う
大量の銘柄を手作業で見るのは無理なので、まずスクリーニングで候補を絞ります。たとえば次の条件は、危険シグナルとして使いやすいです。
・直近四半期の棚卸資産が前年同期比+25%以上
・同期間の売上成長率が+10%未満(またはマイナス)
・売上総利益率が前年差で低下(0.5〜1.0ptでも可)
・営業キャッシュフローがマイナス、または前年差で大幅悪化
ここで拾った銘柄は、次に「理由」を読みます。決算説明資料や質疑応答で、在庫増の理由が具体的か、解消の道筋(生産調整、値引き方針、返品条件、受注状況)が語られているかが勝負です。「想定通り」「一時的」という言葉だけで終わっている企業は危険です。
在庫と一緒に見ると精度が上がる指標:セットで“嘘”を炙り出す
売掛金(売上債権)の増加
在庫が増えて、さらに売掛金も増えているなら、販売が滞っている可能性が上がります。出荷はしたが回収できていない、あるいは取引条件を緩めて無理に売っている状態です。
返品・値引き・販売奨励金の増加
開示が細かい企業では、販売奨励金や値引きの情報が出ます。粗利率の下落とセットで、在庫処分の段階に入っているサインです。
生産・受注関連の先行指標
製造業なら受注、稼働率、在庫調整局面の説明が重要です。半導体や部品関連は「在庫調整」が長引くことがあり、株価も長期でダラダラ下がるパターンがあります。ここを避けられるだけで、パフォーマンスは改善しやすいです。
逆に「買いチャンス」になる局面:在庫問題が織り込まれた後の反転
在庫増は基本的にネガティブですが、投資家にとっては反転局面の手掛かりにもなります。ポイントは、在庫が減り始める前に株価が底打つことがある点です。
よくある順序は、①株価下落 → ②会社が生産調整・在庫圧縮を宣言 → ③在庫日数がピークアウト → ④粗利率の下げ止まり → ⑤在庫が実際に減少、です。底値を狙うなら、③④の“兆し”を見ます。具体的には、在庫増加率が鈍化し、粗利率が横ばいになり、CFOが改善してくる局面です。
初心者がやりがちな失敗と回避策
失敗1:在庫増だけで売ってしまい、強い企業を手放す
回避策は「理由」を確認することです。受注残・供給制約・新規出店など、整合する説明があり、粗利率が保たれているなら、在庫増は必ずしも悪ではありません。
失敗2:在庫問題を軽視して、下方修正で大ダメージを受ける
回避策は、在庫日数とCFOをセットで見ることです。在庫が増えてCFOが悪化している企業は、ガイダンス悪化の確率が上がります。「決算は良かったのに株が下がる」局面は、こうした先行悪化を市場が見ていることが多いです。
失敗3:在庫調整の“長さ”を甘く見る
在庫調整は1四半期で終わるとは限りません。特に市況型では、半年〜1年以上かかることがあります。短期反発を取りに行くなら、テクニカル(出来高、トレンド転換)と合わせ、損切りルールを先に決めておくべきです。
まとめ:在庫は「景気減速の煙」になりやすい。数字で先回りする
棚卸資産の急増は、景気減速や競争激化の“煙”として最初に見えることが多い指標です。見るべきは在庫の量ではなく、売上との相対関係、在庫日数のトレンド、そしてキャッシュフローへの影響です。
この3点を習慣化すると、「決算が良いのに株が弱い」銘柄を避けやすくなり、逆に在庫問題が織り込まれた後の反転も狙いやすくなります。初心者ほど、こうしたシンプルで再現性の高いチェックリストを武器にしてください。
会計・開示の読み方:棚卸資産評価損はどこに出るか
在庫が危険かどうかを判断するうえで、会計処理の「出口」を知っておくと強いです。売れない在庫は最終的に損失になりますが、その出方にはパターンがあります。
棚卸資産評価損(評価減)
販売価格の下落や滞留により、在庫の帳簿価額を引き下げる処理です。日本基準でもIFRSでも、原則として在庫は「取得原価」と「正味売却価額(売れる見込みの価格から販売コスト等を引いたもの)」のいずれか低い方で評価します。つまり、値引きが不可避になった時点で、会計上も損が顕在化します。
ただし実務では、評価損の計上タイミングは企業の見積もりに依存します。だからこそ投資家は、評価損が出る前の“兆し”として在庫日数や粗利率を使います。評価損が出た瞬間はすでに遅いことが多いです。
原価差異・操業度差異(製造業)
工場の稼働率が落ちると、固定費の吸収ができず、原価差異として利益が悪化します。在庫が増えているのに利益がまだ出ている場合でも、次の四半期に稼働率低下が表面化し、急に利益が崩れることがあります。製造業は「在庫→稼働率→利益」の順で遅れて悪化しやすい点を覚えてください。
注記・MD&A(経営者による説明)のチェック
有価証券報告書や決算短信の注記、説明資料には、在庫の内訳(商品・製品・仕掛品・原材料)や評価損の方針が書かれることがあります。初心者でも見るべきは難しい会計論点ではなく、在庫増の内訳が具体的か、解消計画が数字で語られているかです。例えば「○月までに生産を○%減らす」「在庫日数を○日まで戻す」といった具体性があるかどうかです。
ミニケーススタディ:数字で一発判定する練習
架空の例で、判定の流れを確認します。
・前年同期:売上1000億、売上原価700億、平均在庫200億(在庫日数=365×200/700 ОС ≒104日)
・今年同期:売上1020億(+2%)、売上原価710億、平均在庫270億(在庫日数=365×270/710≒139日)
売上はほぼ横ばいなのに在庫日数が104→139日へ急伸しています。さらに粗利率が(1000-700)/1000=30%から(1020-710)/1020≒30.4%で横ばいなら、「まだ値引きは始まっていないが、売れ行きが鈍っている」状態が疑われます。次の決算で粗利率が29%台に落ちる、CFOが悪化する、ガイダンスが弱含む、のいずれかが出れば撤退判断が合理的です。
逆に、売上が+20%で在庫が+10%、在庫日数が横ばいなら、在庫増は成長に伴う健全な積み上がりである可能性が高いです。ここを見誤ると、伸びる銘柄を自分で捨てることになります。
さらに精度を上げる“玄人寄り”の視点:在庫は需給の指紋です
チャネル在庫(流通在庫)と“押し込み販売”
メーカーが決算を良く見せるために、販売店や代理店に出荷を前倒しすることがあります(チャネル・スタッフィングと呼ばれることもあります)。この場合、メーカー側の在庫は減って見えますが、実際には流通に在庫が積み上がり、後で返品・値引き・受注減として跳ね返ります。
見抜くヒントは、売掛金の急増、販促費の増加、翌期の受注の弱さです。「在庫が減ったから安心」とはならず、運転資本全体で見る必要があります。
マクロ連動:在庫は景気循環の“振れ幅”を増幅します
景気減速局面では、企業は生産・仕入れをすぐには止められません。その結果、在庫が積み上がり、調整が始まると今度は急激に仕入れを絞ります。これがサプライチェーン全体の受注を冷やし、景気敏感株の下落を加速させます。
投資家としては、個別企業の在庫だけでなく、同業他社の決算で同じ兆候が出ているか(業界全体の問題か、会社固有の問題か)を確認すると、判断の誤差が減ります。
最後に:チェックリスト(保存版)
銘柄分析のたびに迷わないため、最後に短いチェックリストを置きます。各項目で「はい」が増えるほどリスクは高いです。
・在庫増加率が売上成長率を大幅に上回る
・在庫日数が2期以上、連続で上昇している
・粗利率が低下、または販促費が増えている
・営業キャッシュフローが弱い/運転資本が悪化している
・売掛金も同時に増えている
・決算説明で在庫増の理由が抽象的で、解消計画が曖昧
このリストを使うだけでも、「下方修正を食らう銘柄」を踏みにくくなります。結果として、資金効率とメンタルの両方が改善します。


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