この記事では、ROE(自己資本利益率)・PBR(株価純資産倍率)・EPS成長率の3つを同時に見ることで、
割安でありながら収益性と成長性を兼ね備えた「品質バリュー」銘柄を抽出し、
実際の売買ルールに落とし込むまでのプロセスを、初心者の方でも再現できる形で解説します。
一般的な「割安=PBRが低いから買い」ではなく、利益を生み続ける力(ROE)と
将来の増益トレンド(EPS成長)をセットで評価することで、いわゆるバリュートラップ(安いが上がらない)の回避を狙います。
戦略の狙いと全体像
本戦略の狙いはシンプルです。①収益性が高い(ROE高)、②割安に放置(PBR低)、
③利益が伸びているor伸びる見込み(EPS成長率高)という3条件を同時に満たす銘柄を、
定量的に、ブレなく、毎月同じ手順で拾う運用フローを作ることです。
裁量の介入は最小限にし、スクリーニング → スコア化 → 売買ルール → 点検・改良という反復可能な枠組みを採用します。
本記事の提供物(再現性の核)
- 明確な指標定義と推奨しきい値
- Excel/Googleシートでの関数レシピ(コピペ可)
- 月次リバランスの売買ルール(建玉・損切り・利食い・サイズ調整)
- 実データがなくても理解できるケーススタディ(数値例)
- 改良アイデア(セクター中立・ボラ調整・モメンタム併用・配当補正)
指標の定義と基本式
ROE(Return on Equity, 自己資本利益率)
ROEは株主が拠出した自己資本に対して、どれだけ効率的に利益を稼いでいるかを示す指標です。
一般式は ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本
です。1株ベースで近似すると ROE ≈ EPS ÷ BPS
と捉えられます。
ROEが高いほど資本効率が良く、長期的な企業価値の源泉になりやすいと考えます。
PBR(Price to Book-value Ratio, 株価純資産倍率)
PBRは株価が1株あたり純資産(BPS)の何倍かを示します。一般式は PBR = 株価 ÷ BPS
です。
PBRが低いほど割安と評価されがちですが、低PBRには構造的な収益性の低さが反映されている場合もあります。
そこで本戦略では、ROEとセットで評価します。
EPS成長率
EPS(Earnings Per Share, 1株当たり利益)の成長率を見ます。過去実績のCAGR(年平均成長率)または
直近1~3年の変化率を用います。CAGRは EPS_CAGR = (EPS_t / EPS_{t-n})^{1/n} - 1
で計算します。
利益の伸びが継続している企業は、割安放置の再評価や、複利での企業価値増大が期待できます。
なぜ組み合わせるのか(ロジック)
単独指標は弱点があります。低PBRのみだと「安い理由」がそのまま続いて株価が動かないことがあります。
ROEのみだと「割高な高品質株」を掴みやすく、期待収益が低下することがあります。
EPS成長のみだと景気循環や一時要因でぶれやすい。
三者を同時に見ることで、割安・収益性・成長性のバランスを取り、バリュートラップや過大評価のリスクを減らします。
スクリーニング設計(閾値とスコアリング)
実務では「機械的に回せる」ことが最重要です。以下はJ-Stock(東証上場)を想定した、初期設定の例です。
投資資金やリスク許容度に合わせて調整してください。
基本フィルタ(落とし穴回避)
- 時価総額:200億円以上(極端な小型での流動性・ガバナンスリスクを回避)
- 平均出来高:20日平均で5万株以上(約定不安回避)
- 直近決算の監査意見:無限定適正(会計リスクの抑制)
- PBR:3.0倍以下(極端な高バリュエーションの除外)
品質バリュー・スコアの構築
3指標に対してそれぞれ分位スコア(0~100)を付与し、合計点でランキングします。
分位は市場全体またはセクター内で算出します。
- ROEスコア:市場分布に対するPERCENTILE。高いほど高得点。
- EPS成長スコア:過去3年CAGRまたは直近YoYの分位。高いほど高得点。
- PBRスコア:低いほど高得点になるよう逆分位(= 100 − 分位)。
品質バリュースコア(QVS)を QVS = 0.4×ROE_s + 0.4×EPS_s + 0.2×(100 − PBR_s)
と定義します。
将来の成長持続性を重視し、ROEとEPS成長にウェイトを厚くします。
割安性は「入り口の安全域」としてウェイトをやや抑えます。
推奨しきい値(最初の運用ルール)
- QVS上位:上位20%(上位クインタイル)から候補抽出
- セクター過度集中の回避:1セクター上限25%
- 個別銘柄ウェイト:等金額またはATR逆数比重(後述)
Excel/Googleシート実装レシピ
以下はGoogleスプレッドシートの関数例です(Excelでも同様の関数が使えます)。カラム名は一例です。
① EPS成長率(3年CAGR)
=POWER( EPS_今年 / EPS_3年前 , 1/3 ) - 1
② 分位スコア(0~100)
ROEスコア:
=PERCENTRANK.INC( 全銘柄!$E$2:$E$5000 , E2 ) * 100
PBR逆分位スコア:
=(1 - PERCENTRANK.INC( 全銘柄!$F$2:$F$5000 , F2 )) * 100
EPS成長スコア:
=PERCENTRANK.INC( 全銘柄!$G$2:$G$5000 , G2 ) * 100
③ QVS合成
=0.4*ROE_s + 0.4*EPS_s + 0.2*PBR_rev_s
④ セクター上限ルール
候補リストにフィルタをかけ、ピボットテーブルでセクター別比率を出して25%を超えないように調整します。
売買ルール(月次リバランス基準)
- 選定日:毎月第1営業日(決算更新反映後)
- 採用基準:QVS上位20%から、セクター上限を守りつつ最大10~20銘柄を採用
- 除外基準:QVSが中央値未満に低下、もしくはPBR>3.0、ROE<5%に悪化したら除外候補
- エントリー:寄付成行またはVWAP近辺の指値で分散約定
- 損切り:銘柄ごとにATR×2(14日)下落で機械的ロスカット
- 利確目安:取得単価から+25%達成、かつQVSが上位帯を外れた場合の半分利確
- サイズ調整:等金額配分 or
ウェイト ∝ 1 / ATR(14)
(ボラの高い銘柄の比重を落とす)
リスク管理の具体策
- 分散:最低でも10銘柄、できれば15~25銘柄。セクター集中を避ける。
- 流動性:平均出来高・売買代金でフィルタし、板の厚さを確認。
- イベント:決算発表・公募増資・大型M&Aはギャップリスクが大きい。直前の新規採用は回避。
- バリュートラップ対策:ROEとEPS成長が一過性でないか、3年平均や中央値で確認。
- 金利・為替:輸出比率の高いセクターは為替感応度に注意。ヘッジの有無を有報で確認。
ケーススタディ(架空データ)
以下は理解のための数値例です(実在の銘柄や将来の成績を示唆しません)。
銘柄 | ROE | PBR | EPS成長3年CAGR | ROE_s | PBR_rev_s | EPS_s | QVS |
---|---|---|---|---|---|---|---|
A社 | 15% | 1.1倍 | 12% | 80 | 70 | 75 | 0.4*80+0.4*75+0.2*70=76 |
B社 | 10% | 0.8倍 | 5% | 60 | 85 | 55 | 0.4*60+0.4*55+0.2*85=63 |
C社 | 8% | 0.6倍 | -2% | 45 | 90 | 30 | 0.4*45+0.4*30+0.2*90=48 |
A社は収益性と成長性のバランスが良く、割安性も一定水準で総合点が高い、という評価になります。
バックテストの簡易設計(手動でも可能)
- 各月末にQVSランキングを確定。
- 上位20%から銘柄群を作り、等金額で翌月の寄付にエントリー。
- 翌月末に売買コスト(片道0.05%など)を引いたうえで評価。
- ①~③を12~60ヶ月繰り返し、年率換算と最大ドローダウンを記録。
より厳密にはサバイバーシップ・バイアスや配当再投資、指数とのトラッキングを考慮します。
配当込みでの評価が望ましいため、配当利回りを補助スコアに加える拡張を後段で示します。
買いの「質」をさらに高める改良アイデア
① セクター内分位の採用
景気循環の波を均し、セクター構成の偏りを抑えます。各セクター内で分位を計算しQVSを合成します。
② モメンタム併用(再評価の捕捉)
直近の価格モメンタムを弱めに入れると、再評価の立ち上がりを取れることがあります。
例:QVS' = QVS + 0.1 × 6ヶ月リターンスコア
(過剰最適化に注意)。
③ ボラティリティ調整のウェイト
ATR(14)または日次標準偏差の逆数でウェイト付けし、ポート全体のブレを抑えます。
④ 配当補正(トータルリターン志向)
配当利回り分位を0.1~0.2程度で加点すると、配当込みの総合成績が安定しやすくなります。
⑤ PBRの下限ガード(バリュートラップ回避)
PBRが極端に低いほど「構造的に稼げない」ケースが増えます。PBR>0.5などの下限を設けるのも有効です。
よくある落とし穴と対策
- 一過性のROE高:特別利益によるROE上振れは、EPS成長とキャッシュフローで裏取り。
- 会計方針の変更:減損や会計基準の変更でBPSが急変。注記を確認。
- 資本政策の影響:自己株買い・希薄化でROEが見かけ上動く。発行済株式の推移をチェック。
- 在庫循環:製造業では在庫サイクルの谷でEPSが凹む。3年平均で平準化。
- セクター偏重:金融・不動産はPBRの平均水準が構造的に低い。セクター内分位で評価。
運用フロー(チェックリスト)
- データ更新(決算・株価・出来高)
- 流動性・ガバナンスの基本フィルタ
- ROE・PBR・EPS成長の分位算出
- QVS合成と上位候補抽出
- セクター上限・流動性再確認
- エントリー(分散約定・サイズ調整)
- 月次リバランスとルール逸脱チェック
- 記録(取引ログ・要因分解・学びの棚卸し)
FAQ(運用中に出やすい質問)
Q. ROEとROAのどちらを重視すべきですか?
資本効率と株主還元力をみるならROEを主軸にします。負債依存が極端に高い場合はROAも併用します。
Q. PBRが1倍割れの「解散価値割れ」だけ買えば良いのでは?
解散価値割れは有効な考え方ですが、収益性の裏付けが弱いと再評価に時間がかかることが多いです。
本戦略は「収益性×成長×割安」のバランスで回転を良くする狙いがあります。
Q. グロース株は除外されませんか?
PBR上限を3.0倍に設定しているため、超高バリュエーションの銘柄は外れます。
ただしEPS成長率が高くROEが安定していれば、適度なバリュエーションのグロースも拾えます。
発展:指数・ETF・積立との組み合わせ
個別株のアクティブ戦略は指数連動(インデックス)とのバーターで考えると安定します。
資産配分の中で「コア:インデックス」「サテライト:品質バリュー」の構造にすると、
ドローダウン時の心理的負担を軽減できます。
まとめ
ROE・PBR・EPS成長の三位一体評価は、古典的なバリュー投資に「質」と「時間軸」を与えます。
ポイントは分位スコアによる一貫性、月次リバランスの機械運用、
そしてセクター・ボラ・配当による微調整です。
この記事の手順をそのまま再現すれば、自分の意思に依存しすぎない実務レベルの運用フローを構築できます。
付録A:Googleシート関数チートシート
- 3年CAGR:
=POWER( 現在EPS / 3年前EPS , 1/3 ) - 1
- 分位(0~100):
=PERCENTRANK.INC( 範囲 , 値 ) * 100
- 逆分位:
=(1 - PERCENTRANK.INC( 範囲 , 値 )) * 100
- 合成スコア:
=0.4*ROE_s + 0.4*EPS_s + 0.2*PBR_rev_s
- ATRの近似(14日):
=AVERAGE( TRUE_RANGE_過去14日 )
付録B:売買ルール雛形(そのまま使える)
・頻度:月次(第1営業日)
・採用:QVS上位20%から最大20銘柄、セクター上限25%
・発注:等金額またはATR逆数比重、寄付分散約定
・損切:ATR(14)×2下落
・利確:+25%到達かつQVS下落時に半利確
・除外:PBR>3.0 または ROE<5% で候補化
・記録:取引ログ、約定履歴、QVS時系列、セクター比率
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