半導体株は「業績が良い/悪い」のニュースだけ追っていると、たいていタイミングが遅れます。理由は単純で、半導体は在庫と設備投資のサイクル産業だからです。需要が強いとき、デバイスメーカー(ファブ)はまず在庫を削り、次に増産、最後に設備投資に踏み切ります。逆に需要が弱いときは、まず在庫が積み上がり、次に減産、最後に装置投資の停止・先送りが起きます。
この「最後」に起きる設備投資の変化を、いち早く数値で掴めるのが半導体製造装置の受注(受注高・ブッキング)です。装置メーカーの受注は、売上より先に動き、デバイスメーカーの設備投資(Capex)に直結し、さらにその先の半導体供給量(=中期の価格・マージン)を左右します。つまり、受注は“半年先の需要・市況”を推定するための、かなり使える手がかりになります。
ただし、受注は万能ではありません。装置の種類、顧客の種類、地域、そして最も重要な「発注の動機(増産か、技術更新か)」を分解しないと、誤読します。本稿では、個人投資家でも再現できる形で、装置受注の読み解き方を「フレーム」と「具体例」で落とし込みます。
- なぜ装置受注が「半年先」を映すのか:半導体の時間差構造
- まず押さえるべき“装置受注”の定義:売上・出荷・受注残の違い
- 受注を“分解”しないと誤る:装置タイプ別に見る3つの景気
- 「増産投資」と「技術更新投資」は別物:受注の質を読む
- 実践フレーム:個人投資家が毎月チェックする「4つのシート」
- 具体例:受注がピークアウトしたのに株が上がる局面の正体
- “半年先”を読むためのチェックポイント:3つのクロス検証
- 投資の落とし込み:装置→デバイス→周辺銘柄へ「波及の順番」を使う
- リスク管理:半導体で初心者がやりがちな3つの失敗
- 初心者向け:今日からできる「3段階エントリー」
- まとめ:装置受注は“未来の需給”を読むための土台になる
なぜ装置受注が「半年先」を映すのか:半導体の時間差構造
半導体の需給は、いくつかのタイムラグでズレます。典型的には次の順序です。
(1)最終需要:スマホ・PC・データセンター・車載などの売れ行きが変化する。
(2)在庫:流通・セットメーカー・半導体メーカーの在庫が増減する。
(3)稼働率:ファブの稼働率(稼働時間)が上下し、短期の供給量が調整される。
(4)価格:メモリ価格やファウンドリ単価が遅れて動く。
(5)設備投資:増産や技術更新のための装置発注・導入がさらに遅れて動く。
装置受注が先行しやすい理由は、(5)の「発注」が、(4)の価格や(3)の稼働率がまだ強く見える局面でも先に止まることがあるためです。たとえば在庫が過剰になり始めると、ファブは“将来の供給過剰”を恐れて、まず新規投資を凍結します。売上の数字はまだ強くても、受注が先に鈍る――これが典型パターンです。
もう一つの重要ポイントは、装置発注から売上計上までの期間(リードタイム)です。EUV露光装置のように納期が長い装置は、受注が立ってから売上が立つまで長い。逆に保守・改造・部材などは短い。つまり「受注→売上」の距離が長いほど、受注は先行指標として働きます。
まず押さえるべき“装置受注”の定義:売上・出荷・受注残の違い
装置メーカーが出す数字には、似た言葉が多く混乱しやすいので、投資判断に使う前に整理します。
受注(Bookings):顧客が発注し、メーカーが受けた注文の金額。将来売上になる「入口」。
売上(Revenue):装置を引き渡し、会計上売上計上した金額。過去の受注の「出口」。
受注残(Backlog):まだ売上化していない受注の積み上がり。将来売上の“貯金”。
出荷(Shipments):物理的に出荷した金額(会社によって定義差あり)。
初心者がやりがちなミスは、売上の伸びを見て「強い」と判断し、天井を掴むことです。売上が伸びるとき、実は受注はピークアウトしているケースが珍しくありません。逆に、売上がまだ弱いのに受注が戻り始める局面は、底値圏で起きやすい。なので、優先順位は「受注→受注残→売上」です。
受注を“分解”しないと誤る:装置タイプ別に見る3つの景気
半導体製造装置と一口に言っても、景気感が違うものが混ざっています。ここを分解すると、情報量が一気に増えます。
1)最前工程(フロントエンド):露光、成膜、エッチング、洗浄など。ファブのCapexの核で、サイクル性が強い。
2)後工程(バックエンド):実装・検査・パッケージング。最近は先端パッケージ(CoWoS等)が注目で、AI需要とリンクしやすい。
3)サービス・保守・改造:稼働台数に連動し、景気後退でも落ちにくい“ディフェンシブ要素”。
たとえば「受注が落ちた」と言っても、フロントエンドが急落しているのか、バックエンドが強いのかで、投資行動は変わります。AIサーバー向けの先端パッケージが強いなら、後工程装置や材料が粘ります。メモリの投資が止まったなら、特定の装置セグメントが一気に冷えます。ニュースを読むときは、会社名だけでなく“何の装置か”まで意識してください。
「増産投資」と「技術更新投資」は別物:受注の質を読む
装置投資には、大きく2種類あります。
増産投資:需要増に応じて生産能力を増やす。サイクル色が濃く、景気に敏感。
技術更新投資:微細化、3D化、歩留まり改善、EUV導入など。景気より“競争力”が動機になりやすい。
受注が減っても、技術更新投資が続いている局面は、株価が崩れにくいことがあります。逆に、増産投資だけが盛り上がっている局面は、供給過剰の芽を孕むため、ピーク後の調整が深くなりがちです。
個人投資家がこの違いをどう見分けるか。ヒントは「顧客の顔ぶれ」と「装置の組み合わせ」です。先端ロジック(先端ノード)向けの露光・成膜・検査が強いなら技術更新要素が濃い。汎用メモリ向けに一斉に受注が増えているなら増産色が濃い。決算説明資料の“用途別・顧客別”のコメントを拾うだけでも、質の判断はできます。
実践フレーム:個人投資家が毎月チェックする「4つのシート」
ここからは再現性重視で、実務ならぬ運用の手順に落とします。毎月、次の4つを自分のメモ(スプレッドシートやノート)に更新するだけで、判断の質が上がります。
シートA:装置受注のトレンド
装置業界の受注(可能ならフロント/バック、地域別)を月次・四半期で並べ、前年同月比(YoY)と前月比(MoM)を併記します。数字が取れない場合でも、主要装置メーカー数社の受注/受注残の増減コメントを“定点観測”します。
シートB:デバイス側の在庫と稼働率
メモリなら在庫日数、ロジックなら顧客在庫やリードタイム、ファウンドリなら稼働率。完全に正確な数字がなくても、各社の「在庫は適正に向かっている」「稼働率は改善」などの定性を、同じ観点で並べます。
シートC:価格とリードタイム
DRAM/NANDのスポットや契約価格、主要部材の納期感(不足か解消か)。価格は遅行しますが、受注との“ズレ”を見るために必要です。
シートD:市場の織り込み(株価・バリュエーション・需給)
同じ受注の数字でも、株価が割高なら下げがきついし、割安なら織り込み済みで反発が早い。PERやEV/EBITDA、信用残、空売り比率など、最低限で良いので定点観測します。
具体例:受注がピークアウトしたのに株が上がる局面の正体
初心者が混乱しやすいのが「受注が落ちたのに、半導体株が上がる」局面です。これは珍しくありません。理由は、株価が見ているのが“今”ではなく“将来の改善”だからです。
たとえば、受注が落ちた一方で、在庫が急速に減り始め、価格の下落が止まり、稼働率が底打ちし、会社側が「来四半期は受注が改善する見通し」と言い始めると、株価は先に反応します。売上・利益はまだ弱いのに、株価だけ戻る。ここで「業績が悪いのに上がるのはおかしい」と考えると、良い局面を逃します。
逆に、受注が過去最高でも、在庫が積み上がり、顧客がキャンセルや先送りを匂わせ、価格が天井を打ち、金利上昇でグロース株全体が逆風になると、株価は先に崩れます。重要なのは、受注の絶対水準ではなく「変化率」と「他のシートとの整合性」です。
“半年先”を読むためのチェックポイント:3つのクロス検証
受注を主役にしつつ、誤読を避けるために、必ず次の3つでクロス検証します。
① 受注の回復は「在庫調整の終盤」と一致しているか
在庫が高止まりのまま受注だけが増える場合、前倒し発注や一時的な補助金需要の可能性があります。在庫が減っている(あるいは減る見込みが強い)ときの受注回復は信用度が高い。
② 受注回復の中身は「先端投資」か「汎用増産」か
先端投資中心なら、景気の影響を受けにくく、持続性が高いことが多い。汎用増産中心なら、供給過剰に転じやすいので“早めに降りる計画”が必要です。
③ 受注残が“異常に高い/低い”状態ではないか
受注残が積み上がり過ぎている局面は、納期遅延やキャンセルリスクが潜みます。逆に受注残が薄い局面で受注が回復すると、売上が後から一気に立ちやすい。
投資の落とし込み:装置→デバイス→周辺銘柄へ「波及の順番」を使う
装置受注を読む目的は、最終的に売買に使うことです。ここで役に立つのが「波及の順番」です。一般に、底からの回復局面では次のように動きやすい傾向があります。
(1)先に反応:先端装置・検査・後工程(AI向けパッケージ等)
(2)次に反応:ファウンドリ関連、先端ロジックの周辺(材料・部材)
(3)遅れて反応:メモリ(在庫調整が長いことが多い)
(4)最後に反応:汎用半導体、電子部品全般
もちろん例外はありますが、初心者が“順番”を意識するだけで、エントリーの精度は上がります。受注が回復し始めた段階で、いきなり最もサイクルが荒い銘柄に突っ込むと、ボラティリティで振り落とされます。まずは受注の質が高い領域(先端投資、サービス比率が高い企業など)から段階的に寄せる方が、メンタル的にも運用しやすいです。
リスク管理:半導体で初心者がやりがちな3つの失敗
失敗1:ニュースの単語だけで売買する
「受注が減少」「Capex減少」だけで売る/買うのは危険です。変化率、セグメント、会社コメント、在庫の方向性まで揃って初めて確度が上がります。単語反応は、短期なら勝てても長続きしません。
失敗2:上がった銘柄を“理由後付け”で追いかける
半導体はテーマ性が強く、上昇の理由が後から大量に語られます。しかし株価はすでに織り込んでいることが多い。受注の底打ちを確認してから、バリュエーションを見て“買える水準か”を判断する癖を付けてください。
失敗3:一発で当てようとしてポジションを大きくする
サイクルの底と天井は、プロでも誤差が出ます。だからこそ、分割で入って分割で出る。受注トレンドが改善→在庫改善→価格改善という順に確認しながら、比率を増やすのが現実的です。
初心者向け:今日からできる「3段階エントリー」
最後に、今日から実行できる具体的な手順を示します。これは推奨ではなく、判断の型です。
第1段階:受注の悪化が止まった兆しで“観測ポジション”
装置受注の前年同月比が下げ止まり、会社コメントが「底打ち」「回復の兆し」に変わったら、まず小さく入ります。目的は利益最大化ではなく、相場への参加と検証です。
第2段階:在庫改善と稼働率の改善が一致したら“主力化”
在庫日数が減り、稼働率が戻り、受注残が再び積み上がり始めたら、比率を上げます。ここが“半年先の回復”が現実になってきた段階です。
第3段階:価格改善が見えたら“利確計画も同時に作る”
価格が上がり始める局面は、利益も伸びますが、供給増の芽も育ちます。ここで「どの条件で減らすか」を決めておくと、天井掴みを減らせます。たとえば、受注が再びピークアウト、在庫が増え始め、株価が過熱(短期急騰、需給悪化)など、複数条件が揃ったら段階的に縮小する、といった具合です。
まとめ:装置受注は“未来の需給”を読むための土台になる
半導体製造装置の受注は、デバイス需要の半年先を推定する強力な材料です。ただし、受注の絶対値よりも「変化率」と「中身」を見て、在庫・稼働率・価格・株価の織り込みとセットで判断する必要があります。
本稿で示した4つのシート(受注、在庫/稼働、価格、織り込み)を毎月更新し、受注の質(増産か技術更新か)まで分解できるようになると、半導体投資は“ニュースゲーム”ではなく、確率の高い意思決定に変わります。最初は完璧に当てようとせず、観測→主力化→利確計画の3段階で運用してください。


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