- なぜ半導体は「地政学イベント」で動きすぎるのか
- 「半導体サプライチェーン」を地図にする:どこが詰まると何が落ちるか
- 逆張りの前提:狙うのは「パニック売り」ではなく「確率の歪み」
- 「イベントの種類」を分類する:逆張り向き/不向きを即判定する
- 実践フレームワーク:ニュース急落を「買い場」に変える5ステップ
- 具体例:架空シナリオで「逆張りの型」を再現する
- “買いシグナル”の作り方:初心者でも使えるシンプル指標
- リスク管理:ここを外すと逆張りは必ず負ける
- 銘柄の選び方:初心者が迷わないチェックリスト
- 運用の現実解:個人投資家がやるべき「3つの時間軸」
- ありがちな失敗パターンと回避策
- 最小構成の実行プラン:今日からできるチェック手順
なぜ半導体は「地政学イベント」で動きすぎるのか
半導体株は、業績が良くても悪くても、ニュースの一撃で価格が大きく飛びます。理由は単純で、半導体は「世界分業(設計・製造・装置・材料・後工程・物流)」の結節点にあり、どこか一カ所が詰まるだけで、完成品の供給が止まり、売上計上が遅れ、在庫やマージンに波及するからです。株価は、足元の損益よりも「次の四半期に何が起きるか」を先回りして織り込みます。だから地政学の見出しは、実害が確定する前にボラティリティを爆発させます。
逆張りの狙いは、この“織り込み過ぎ”を利用することです。地政学リスクは、ニュース直後に最悪ケースが語られやすく、投資家心理は一時的にリスク回避へ傾きます。一方で、サプライチェーンは冗長化(複数調達・在庫・代替工程)と政策支援(補助金、輸出管理の例外措置、特定品目の優先枠)で、想定より早く回復することが多い。ここに、価格と実態のギャップが生まれます。
「半導体サプライチェーン」を地図にする:どこが詰まると何が落ちるか
逆張りで勝率を上げるには、ニュースを「恐怖」ではなく「どのレイヤーの障害か」に翻訳します。半導体はざっくり次の6レイヤーで理解すると実務的です。
1) 設計(Fabless)
設計会社は製造設備を持たず、需要の強弱と製品ミックスで利益が動きます。地政学ニュースでは「出荷停止」「顧客制裁」「輸出規制」が効きやすい一方、製造停止そのものの直撃は比較的少ない。急落後の戻りは早い傾向がありますが、規制が“恒久化”するとバリュエーションの切り下げが起きます。
2) 受託製造(Foundry)
製造拠点が物理的にリスクに晒されると、最悪シナリオが語られやすく、ニュース瞬間の下げが大きい領域です。ただし実際は、設備の停止がすぐに起きるケースは限られ、保険・冗長電源・代替生産(他拠点や他社)・顧客の在庫積み増しが効きます。逆張りでは「停止=確定」か「リスク=可能性」かを区別します。
3) 装置(Semicap)
装置は設備投資サイクルに敏感で、地政学イベントが「設備投資の先送り」を連想させると売られます。逆張りでは、イベント後に各社の設備投資ガイダンスが維持されるか、先送りがどの程度かを見るのが重要です。短期はセンチメントで落ちやすく、ファンダが崩れていないなら反発も取りやすい典型です。
4) 材料・部材
特殊ガス、フォトレジスト、ウェハ、パッケージ基板などは代替が効きにくい部分があります。ここが直接的な規制対象になると、戻りが遅くなり得ます。一方で、顧客が在庫を積む局面では、需要の前倒しで業績が強く見えることもあります。ニュースの“印象”だけで売られる銘柄が混じるため、逆張りの宝庫でもあります。
5) 後工程(OSAT)
後工程は地味ですが、物流・人員・エネルギーで詰まりやすい。ここが詰まると、完成品の出荷が遅れて売上計上がずれます。逆張りは「遅れ=消滅」ではない点を突きます。ただし遅れが長期化すると、顧客が設計変更や他社へ切り替えるリスクもあるため、長期保有には適しません。
6) 需要側(PC/スマホ/データセンター/車載)
地政学ニュースが景気不安に波及すると、需要側が冷えたと解釈されます。この場合は“供給リスク”ではなく“需要ショック”なので、逆張りの難易度が上がります。ニュースの種類を見誤ると、落ち続けるナイフを掴みます。
逆張りの前提:狙うのは「パニック売り」ではなく「確率の歪み」
逆張りは「下がったから買う」ではありません。狙うべきは、市場が最悪ケースの確率を過大評価し、価格がそれを前提にした水準まで落ちた局面です。つまり、価格に埋め込まれた“確率”を推測し、その歪みを取りにいきます。
実務では、次の3条件が揃うと「逆張りの型」になります。
条件A:ニュースは大きいが、一次情報が曖昧(見出し先行、確定情報が少ない)。
条件B:株価はギャップダウンや長い陰線で、短期勢の投げが出ている。
条件C:業績・ガイダンス・受注などの基礎データは直ちには崩れていない。
逆に、確定した制裁・長期停止・主要顧客の需要崩壊など、ファンダが壊れるイベントは、逆張りの対象から外します。
「イベントの種類」を分類する:逆張り向き/不向きを即判定する
ニュースを読んだ瞬間に「これは戻るタイプか?」を判断できるよう、イベントを4類型に分けます。
タイプ1:一過性ショック(戻りが早い)
例:短期的な物流混乱、短時間の停電、局所的な設備トラブル、誤報・観測記事。
このタイプは、数日〜数週間で修復されやすく、市場が最悪を織り込み過ぎると強い反発が起きます。逆張りの主戦場です。
タイプ2:時間差ショック(戻るが時間がかかる)
例:一部品目の輸出規制強化、特定工程のボトルネック、代替ライン立ち上げ。
戻りはするが、企業のコスト増や納期遅延が現実化しやすい。逆張りは「短期リバウンド狙い」に寄せ、長期は持ちすぎないほうが無難です。
タイプ3:構造ショック(戻りが限定的)
例:恒久的な制裁、主要市場からの排除、技術供与の停止、顧客基盤の喪失。
これは「確率の歪み」ではなく、収益構造が変わるため逆張り不向きです。落ちた理由が“永続的”なら、安くなったのではなく、価値が下がった可能性が高い。
タイプ4:マクロ連動ショック(別問題)
例:地政学をきっかけに金利上昇・景気後退懸念が強まり、ハイテク全体が売られる。
この場合、半導体固有の話ではありません。指数の流れが悪いと、個別の逆張りは踏まれやすい。逆張りするなら指数ヘッジや時間分散が必要です。
実践フレームワーク:ニュース急落を「買い場」に変える5ステップ
ステップ1:ニュースを“供給”“規制”“需要”“マクロ”に翻訳する
見出しを読んだら、「どのレイヤーに効く話か」を決めます。供給(工場停止・物流)、規制(輸出管理・制裁)、需要(顧客の販売停止・景気)、マクロ(金利・株式市場全体)。この翻訳が、逆張りの生死を分けます。
ステップ2:銘柄を「強者」「中立」「弱者」に分け、強者だけを狙う
同じテーマでも、財務体力と価格決定力で反発力が違います。強者とは、①ネットキャッシュが厚い、②粗利が高い、③主要顧客が分散、④供給先が複線化、⑤代替不可能な技術を持つ、のどれかを満たす企業です。逆張りは、弱者を当てにいくゲームではなく、強者の一時的な誤配を拾うゲームです。
ステップ3:エントリーは「3分割」が標準、1発買いは禁止
ニュース直後はボラが荒く、底は誰にも分かりません。そこで、資金を3分割し、(1)初動の投げ、(2)二番底、(3)落ち着き確認の3回で入ります。感覚ではなく、価格条件を決めて機械的に執行します。
ステップ4:出口(利確)を先に決め、勝ちを小さく積み上げる
地政学逆張りは「戻りの途中で売る」設計が有利です。ニュース前の水準まで完全回復するとは限らないからです。たとえば、平均取得価格から+6〜10%で半分利確、+12〜18%で残りを利確、など段階的に利益を確定します。反発局面はボラが落ち、伸びが鈍るため、欲張り過ぎは逆効果です。
ステップ5:損切りは「価格」ではなく「前提が崩れたか」で判定する
逆張りの最大の失敗は、安値更新を見て“希望”で持ち続けることです。対策は、損切り条件を「ニュースの追加確定」に置くこと。たとえば、工場停止が長期化、規制が恒久化、主要顧客がキャンセルを示唆、など、前提が壊れた瞬間に撤退します。価格だけで切ると、ボラに振られて損切り貧乏になりやすい。
具体例:架空シナリオで「逆張りの型」を再現する
ここからは、銘柄名を特定せず、よくあるシナリオで手順を具体化します。あなたが個人投資家として再現できるレベルまで落とし込みます。
シナリオA:観測報道で半導体指数が急落(タイプ1)
ある朝、「特定地域で物流が止まり、半導体供給が数週間遅れる可能性」という観測記事が流れ、半導体関連が寄り付きから3〜6%ギャップダウン。出来高が膨らみ、SNSでは「供給崩壊」といった煽りが増える。
このときの行動は、まず翻訳です。これは供給の一過性か、構造か。一次情報が薄く、期間も“数週間”と曖昧なら、タイプ1の可能性が高い。次に銘柄選別。強者(財務が強い、顧客分散、価格決定力)のみを候補に残します。
エントリーは3分割。たとえば、寄り付き後30〜60分で最初の投げが出たところで1/3。午後に安値更新して二番底で1/3。翌日以降、ボラが落ちて日中の安値が切り上がったら残り1/3。出口は、ニュース前のギャップを埋める手前で半分利確、次に前日高値更新で残り利確。戻りは“ギャップ埋め”が心理的節目になりやすく、利確しやすいポイントです。
シナリオB:輸出規制の強化(タイプ2〜3の境界)
次は厄介です。輸出規制は“長引く”可能性があり、逆張りの難易度が上がります。ポイントは、規制が「製品のどの層」に刺さるか。最先端装置の全面禁止なのか、一定のスペック以上だけなのか、ライセンス例外があるのか。ここが分からないうちは、逆張りは急がない。
このタイプは、最初の急落を追わず、情報の確定を待つのが合理的です。初動で買うなら、ごく小さく。なぜなら、追加ニュースで二段下げが起きやすいからです。
では、どこで買うのか。判断材料は「企業のコメント」と「顧客の行動」です。企業がガイダンスを維持し、顧客が代替調達や在庫積み増しで対応できるなら、タイプ2に寄り、短期反発が狙えます。逆に、顧客がキャンセルや投資抑制を示唆するなら、タイプ3であり、逆張り対象外です。
シナリオC:地政学緊張が高まり、指数全体がリスクオフ(タイプ4)
半導体だけでなく、NASDAQやS&P500が同時に大きく下がる局面です。ここで個別の逆張りをすると、指数の下げに巻き込まれて踏まれます。対策は2つ。
(1)エントリーを遅らせる:指数が落ち着いてから、個別を拾う。
(2)ヘッジを組む:たとえば、半導体個別のロングに対し、指数のショート(または逆相関の資産)を小さく併用し、マーケットリスクを薄める。
初心者が無理に複雑なヘッジをする必要はありません。最も現実的なのは「時間分散」と「サイズを小さくする」ことです。相場全体が荒れているときは、勝ちやすい局面ではありません。勝てない局面で戦わないのも戦略です。
“買いシグナル”の作り方:初心者でも使えるシンプル指標
チャート分析を高度にし過ぎると、逆張りの判断が遅れます。ここでは、初心者でも再現できるシンプルなシグナルを提示します。
シグナル1:出来高スパイク+長い下ヒゲ
ニュースで投げが出て、出来高が普段より大きく増え、日足で下ヒゲが長い(安値から戻して引ける)形は、短期の投げが一巡したサインになりやすい。もちろん確実ではないが、「恐怖のピーク」を測る実用的な目安です。
シグナル2:ギャップダウン後の“ギャップ維持”失敗
寄り付きで大きく下がった後、引けにかけてギャップを半分以上埋める動きは、売り方の勢いが弱くなった証拠です。逆張りは、ギャップを全部埋めるまで待つのではなく、埋め始めた瞬間に小さく乗るほうが有利なことが多い。
シグナル3:ニュースの追加が止まる
地政学の恐怖は、追加ニュースが燃料です。追加が止まった瞬間、ボラが落ち、買い戻しが入りやすい。ニュースが止まったかどうかは、同じ話の焼き直しが増えることでも判断できます。
リスク管理:ここを外すと逆張りは必ず負ける
逆張りは「小さく負けて、大きく勝つ」ではありません。地政学逆張りは、反発を取りにいく戦略なので、小さく勝って、小さく負けるのが現実的です。勝率を上げ、損失を限定し、回転で利益を積み上げます。
1) 1回のトレードで失っていい金額を決める
最初に「このトレードが失敗したら最大いくらまで損失を許容するか」を決めます。目安は、総資金の0.5〜1.0%程度。これを超えるサイズを張ると、連敗で資金が壊れます。逆張りは連敗が起こり得る戦略なので、サイズ管理が最重要です。
2) 分割エントリーの“最後の玉”を残す
3分割の最後は「落ち着き確認」です。ここを残しておくと、最悪のケースでも心理的に耐えやすい。逆に、最初に突っ込むと、二段下げで身動きが取れなくなります。
3) 損切りは「追加確定ニュース」か「需給の崩れ」で行う
前提が崩れたら撤退。これだけです。逆張りは“正しいかどうか”ではなく“前提が維持されているか”で判断します。ニュースが確定して悪化したら、潔く切る。これができないと、逆張りは投機になります。
銘柄の選び方:初心者が迷わないチェックリスト
個別銘柄を選ぶときは、次のチェックを上から順に行います。全部を完璧にやる必要はありませんが、最低限の基準です。
チェック1:財務の安全性
現金が厚い、借入が過大ではない、フリーキャッシュフローが安定している。この条件は反発局面での“耐久力”になります。地政学ショックは資金繰り不安を増幅させるため、弱い企業ほど売られ続けやすい。
チェック2:価格決定力(マージン)
粗利が高い、独自技術がある、顧客が逃げにくい企業は、供給が詰まっても値上げやミックス改善で吸収しやすい。逆張りは、こうした企業の“誤配”を拾うべきです。
チェック3:顧客の質と分散
顧客が1社に偏ると、制裁や規制が直撃したときに戻りません。顧客が分散している銘柄は、ニュースが誇張されたときに反発しやすい。
チェック4:バリュエーションの位置
すでに割高で期待が積み上がっている銘柄は、ニュースで“期待剥落”が起きやすい。逆張りは、割高の天井で買うと苦しい。ニュース前から過熱していたかを必ず確認します。
運用の現実解:個人投資家がやるべき「3つの時間軸」
半導体の地政学逆張りは、時間軸で役割が変わります。初心者が混乱しないよう、3つに分けます。
時間軸1:1〜5営業日(ニュース反発を取りにいく)
主にタイプ1を狙う。材料が薄いのに下げ過ぎた局面で、短期の需給反発を回収します。利確も早い。勝ちを伸ばそうとしない。
時間軸2:2〜8週間(情報確定後の見直し買い)
タイプ2向け。企業のコメント、受注、設備投資、顧客の動きが見えてから入ります。反発はゆっくりですが、ストレスは小さい。
時間軸3:半年〜数年(政策・投資サイクルに乗る)
これは地政学逆張りではなく、産業政策や投資サイクル投資です。初心者が最初から狙うと、テーマが広すぎて難しい。まずは短期の型を身につけ、勝てる局面だけを狙うほうが合理的です。
ありがちな失敗パターンと回避策
失敗1:ニュースを読まずに「下がったから買う」
回避策:必ずタイプ分類する。タイプ3の可能性が少しでもあるなら、最初は見送るか、極小サイズにする。
失敗2:ナンピンで平均単価を下げ続ける
回避策:分割は3回まで。回数を増やすほど、損切りができなくなります。ルールはシンプルが正義です。
失敗3:利確が遅れて“行って来い”
回避策:段階利確。地政学の反発は一気に来て、同じくらい早く消えることがあります。反発の初動で利確する癖をつけます。
失敗4:指数の下げに逆らう
回避策:タイプ4は無理しない。個別が正しくても、指数が悪ければ勝ちにくい。相場環境を優先する。
最小構成の実行プラン:今日からできるチェック手順
最後に、初心者がすぐ実行できる形に落とします。次の手順だけ守れば、逆張りが“運任せ”から“設計”に変わります。
手順1:地政学ニュースで半導体が急落したら、イベントをタイプ1〜4に分類する。
手順2:強者候補を3〜5銘柄に絞る(財務・マージン・顧客分散)。
手順3:3分割の価格条件を決める(初動投げ、二番底、落ち着き確認)。
手順4:利確は段階(+6〜10%、+12〜18%など)。
手順5:追加確定ニュースで前提が崩れたら撤退する。
この戦略の本質は、ニュースに反応することではなく、ニュースで生じた“確率の歪み”を、ルールとサイズで回収することです。慣れてきたら、同じフレームワークを装置、材料、後工程といったサブセクターにも横展開できます。まずは一回、型通りに小さく試し、手順を自分のものにしてください。


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