半導体セクターは、株価が「需給」だけでなく「地政学」に強く反応する特殊なマーケットです。輸出規制、制裁、紛争、海上輸送の混乱、サプライヤー火災、地震、停電などのニュースは、将来の供給や売上に影響する可能性があるため、短期的にリスク回避の売りが集中しやすいからです。
しかし一方で、半導体は代替調達や製造移管に時間がかかり、影響の大小が判明するまで情報が出そろいません。ここに「誤差(ミスプライス)」が生まれます。ニュースの直後は、最悪シナリオに寄せて過剰に売られ、数日〜数週間で現実的な着地点に戻ることが多い。これを狙うのが、本記事の「地政学イベント逆張り」です。
結論から言うと、ポイントは3つです。①イベントの種類を分類し、過剰反応が起きやすい局面だけを選別する。②ETFと個別株を役割分担し、ボラティリティをコントロールする。③損失限定(ポジションサイズと撤退ルール)を先に決めて、運用を機械化する。これをできれば、ニュースに振り回されず、ニュースを「エントリーの合図」に変えられます。
1. なぜ半導体は「地政学ニュースで投げ売り」が起きやすいのか
半導体は「一社完結」で作れません。設計(EDA・IP)、製造装置、材料、前工程(ファウンドリ)、後工程(OSAT)、テスト、物流が連鎖し、そのどこかが詰まると全体が止まります。しかも、プロセスが先端になるほど代替が効きにくい。だから市場は、チェーンのどこかに問題が起きると、まず広く売ってリスクを落とし、後から精査します。
地政学イベントが厄介なのは「情報の確度が低い」「政策が突然変わる」「交渉で覆る」の3点です。最初のヘッドラインは刺激的で、細部が曖昧なまま拡散し、短期筋の売りが先行しがちです。ところが数日すると、(1)対象範囲が限定的だった、(2)猶予期間が付いた、(3)既に在庫が積まれていた、(4)代替ルートがある、などの事実が出て、株価は戻ります。逆張りの勝ち筋は、この「情報の時間差」にあります。
1-1. “過剰反応”が起きやすいニュースの典型パターン
逆張りに向くのは、次のような「恐怖は大きいが、確定損益がすぐ出ない」タイプです。
- 輸出規制・制裁の強化報道:対象の国・企業・用途が曖昧な初報で広く売られやすい。
- 海上輸送の混乱:迂回で遅延は出ても、完全停止ではないケースが多い。
- 一部サプライヤーの事故:代替・在庫・複線化の状況が判明すると影響が縮むことがある。
- 政治イベント(選挙・首脳会談)の失望:事前の期待が高いほど反動が大きいが、実体影響が薄い場合もある。
反対に「逆張りに不向き」なのは、即時に収益が毀損しやすいものです。例えば、既に施行された規制で売上が明確に減る、主要工場の長期停止が確定する、信用不安で資金繰りが崩れる、といったケースは、戻りが遅いか戻りません。ここを見誤ると、ナンピン地獄になります。
2. 戦略の全体像:ETFで“広く拾う”→個別株で“歪みを突く”
地政学イベント直後は、何が本当に影響するか分かりません。そこで最初は「広く拾う」ほうが合理的です。具体的には、半導体ETF(例:セクターETFやSOX連動型)をコアにして、イベントが誤差に終わったときの“戻り”を取りにいきます。
その後、詳細情報が出た段階で「勝ちやすい歪み」を個別株で狙います。例えば、装置(設備投資の先行指標)なのか、材料(代替困難)なのか、ファウンドリ(先端ノードの独占)なのか、設計(需要変動が大きい)なのか。イベントの種類によって有利なポジションが変わります。
2-1. 役割分担のイメージ
コア(ETF):イベント直後の混乱局面で、方向性に賭ける。戻りを取りやすいが、リターンは平均化される。
サテライト(個別):情報が揃ってから、最も歪んだ銘柄に絞る。的中すれば大きいが、外すと痛い。
初心者がいきなり個別だけで勝負すると、当たり外れが大きく、損切りが遅れがちです。まずETFで「イベントに対する市場の過剰反応」を取り、個別は少額からにします。
3. 具体的なエントリー条件:ニュースを“数値化”する
逆張りが難しい理由は、感情で入ってしまうからです。「怖い」「まだ下がるかも」で躊躇し、「安い気がする」で飛び込み、下落が続いて耐えられなくなる。これを避けるには、エントリー条件を機械化して、判断の余地を減らします。
3-1. イベント・フィルター(必須)
まず「地政学系のイベントで、かつ、影響が未確定」のときだけを対象にします。実務的には、ニュースの一次ソース(政府発表、企業IR、主要報道)で、対象範囲がまだ曖昧な段階を狙います。市場は最悪シナリオで売りがちだからです。
3-2. 価格・ボラティリティ条件(例)
次の3条件を同時に満たすときだけ買う、のように決めます(数値は目安で、バックテストで調整します)。
条件A:当日ギャップダウン+出来高増。前日終値比で大きく下がって寄り付き、出来高が平常の1.5〜2倍以上。投げ売りが出ているサインです。
条件B:短期の下落過多。5日騰落率が一定以上のマイナス、またはATR(平均真の値幅)で見て「通常の2倍の値幅」。過剰反応を数値化します。
条件C:広がり(セクター全体が売られている)。特定銘柄だけでなく、セクターETFやSOX指数も同方向に急落している。個別要因ではなく“イベント売り”の可能性が上がります。
3-3. 逆張りの“危険サイン”
上の条件を満たしても、次に該当するなら見送ります。
①企業の公式発表で、売上・出荷に対する直接的なダメージが明確(「停止」「出荷不可」「ライセンス失効」など)。②資金調達や債務の話が出ている(信用不安)。③規制が既に施行され、猶予や例外がない。これらは戻りが遅い典型です。
4. 具体例:ニュース急落の“二段構え”で取る
ここでは、架空の例で「どう運用するか」を具体化します。なお、以下は銘柄の推奨ではなく、手順の説明です。
4-1. シナリオ例:輸出規制の強化報道でセクター急落
ある日、先端半導体関連の輸出規制が強化されるという報道が流れ、半導体セクターが寄り付きから急落。セクターETFも指数も同時に下げ、出来高が急増したとします。
ステップ1(当日):コアとしてETFを小さく買います。ここで全力はしません。目的は「反発局面の参加権」を得ることです。
ステップ2(翌日〜数日):追加情報を待ちます。対象国・用途・製品の範囲、猶予期間、例外規定などが見えてくると、影響が限定される企業と、影響が大きい企業が分かれます。
ステップ3(情報が揃ったら):個別で歪みを狙います。例えば、規制が「特定用途向け」に限定されるなら、対象外の売上比率が高い企業は売られ過ぎになりやすい。逆に対象比率が高い企業は、戻りが鈍い可能性があります。
ステップ4(利確):ニュースで急落した局面の逆張りは、長期保有ではなく「再評価が進んだところで区切る」ほうが勝ちやすい。セクターETFが急落前の水準の7〜9割まで戻った、個別が出来高を伴って移動平均を回復した、などの機械的条件で利確します。
4-2. 反発の“質”を見る:ただの戻りか、トレンド転換か
逆張りでありがちな失敗は、「戻ったから利確したら、その後さらに上がる」か、「戻らずにズルズル下がる」の二択で悩むことです。ここはルールで割り切ります。
例えば、ポジションを2つに分けます。①反発取り(短期で利確)。②トレンド転換取り(小さく残す)。残す条件は、出来高を伴い、下落起点の価格帯(いわゆる上値抵抗)を明確に上抜けたときだけ。そうすれば、利確で取り逃しても、勝ちに行けます。
5. リスク管理:逆張りは“損を小さく”が全て
逆張り戦略の期待値は、「当たる回数」より「外れたときの損失」が決めます。地政学イベントは想定外の展開があり得るため、撤退設計が先です。
5-1. ポジションサイズの設計(具体例)
初心者向けにシンプルな設計を示します。まず、1回のトレードで許容する損失を、資産の0.5%〜1.0%の範囲に固定します。これが“損失上限”です。
次に、損切り幅(エントリー価格からどれだけ下で撤退するか)を決め、損失上限 ÷ 損切り幅 で株数(または投資額)を算出します。これを毎回同じ手順でやると、どんなニュースでも冷静に動けます。
5-2. 撤退ルール:価格と時間の二軸で切る
価格の撤退:想定した下げ幅を超えたら切る。例えば、直近の安値を明確に割った、ATRの2倍を超える下落が出た、など。
時間の撤退:一定日数で反発が起きないなら切る。イベント逆張りは「戻りが早い」ことが前提です。3〜5営業日で反発が弱い場合、需給悪化や追加悪材料の可能性が上がるため、撤退します。
この二軸があると、「まだ戻るかも」という希望的観測を排除できます。
5-3. 逆張りにオプションを使う場合の考え方
株式・ETFよりも損失限定を徹底したい場合、オプションで損失を限定する設計もあります。ただし初心者は、仕組みを理解できるまで小さくするか、まず現物中心にしたほうが事故が少ないです。オプションは、ボラティリティが跳ね上がるとプレミアムが高く、買いが不利になりやすい点にも注意が必要です。
6. 半導体サプライチェーン別:イベントで狙いやすい“立ち位置”
半導体はプレイヤーの立ち位置で、イベント耐性が違います。ここを理解すると、個別の絞り込みが精度を上げます。
6-1. 製造装置(設備投資の鏡)
装置は、先端投資が止まると影響が大きい一方、受注残やサービス収益があるため、短期のニュースに対して過剰に売られやすいことがあります。規制が「特定地域向け」に限定される場合、実体影響より悲観が先行し、戻りの余地が生まれます。
6-2. 材料・部材(代替困難で強いが、事故に弱い)
材料はサプライヤーが限られる領域が多く、事故が起きたときのインパクトが大きい反面、価格転嫁が進みやすい側面もあります。ニュースで一律に売られたとき、実際に影響が出る範囲(どのプロセスか、どの工場か)が判明すると、ミスプライスが解けます。
6-3. ファウンドリ・OSAT(地政学の直撃ゾーン)
製造や後工程は地理的に集中しやすく、地政学リスクの直撃を受けます。ここは逆張り難易度が上がります。なぜなら「最悪シナリオが現実になる」確率がゼロではないからです。狙うなら、セクター全体が売られたときのETF中心が無難で、個別は情報が揃うまで待つのが基本です。
6-4. 設計(需要要因が混ざり、ニュースに過敏)
設計会社は需要循環の影響が大きく、地政学ニュースが出ると「需要減」「在庫調整」まで連想されて売られやすい。ところが、規制が限定的だったり、代替需要が出たりすると、急速に戻ることがあります。ここも“過剰反応の反動”が狙い目です。
7. 仕組み化の手順:TradingViewで監視→注文はルールで
運用を安定させるには、監視と実行を分けます。監視はアラートで機械化し、実行はチェックリストで機械化します。
7-1. 監視(アラート)に入れる条件
①半導体ETFが当日-3%〜-5%を超えたら通知。②SOX指数が一定幅下落したら通知。③出来高が急増したら通知。④主要ニュース(規制、制裁、紛争、輸送、事故)をウォッチリストに入れる。これで「イベントが来た瞬間」を取り逃しにくくなります。
7-2. 実行(チェックリスト)
チェックリストは短くします。例:A)イベントは未確定か、B)セクター全体が売られているか、C)損切り幅は決まったか、D)資産0.5〜1%の損失上限に収まるか、E)時間撤退の期限は決めたか。これが全部YESなら買い、1つでもNOなら見送り。迷いを排除します。
8. ありがちな失敗と対策
失敗1:ナンピン前提で入る。逆張りは「下がったら買い増し」が最も危険です。下がったときの対処は“撤退”に固定します。買い増しは、反発確認後に限ります。
失敗2:材料が追加されるのに放置。地政学は続報が出ます。続報で「確定悪材料」に変わったなら、戦略の前提が崩れます。撤退ルールを守ります。
失敗3:個別に寄せすぎる。イベント直後は情報不足です。ETFで広く拾い、個別は情報が揃ってから。ここを守るだけで事故が減ります。
9. まとめ:ニュースを“怖がる”のではなく“型”に落とす
半導体サプライチェーンの地政学イベントは、短期の恐怖が価格に反映され、数日〜数週間で現実に戻りやすい局面があります。狙うべきは「未確定の悪材料でセクター全体が投げられた瞬間」です。
運用は、(1)イベント分類で見送るべき局面を排除し、(2)ETFでコアを作り、(3)個別は情報が揃ってから、(4)損失上限と撤退ルールを最初に固定する。この4点で、逆張りを“再現可能な手順”にできます。
最後にもう一度。逆張りは当てにいくより、外したときの傷を小さくするゲームです。損失上限と撤退期限を守れる設計にして、ニュースを「恐怖」から「シグナル」に変えてください。


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