ATR(Average True Range:平均真の値幅)は、「どれくらい価格が動きやすいか=ボラティリティ」を数値で捉えるためのテクニカル指標です。移動平均線やRSIのように「売られすぎ・買われすぎ」を判断する指標ではなく、「その銘柄や通貨ペアが今どれくらい荒れているのか」「どこまで逆行しても許容できるのか」を測るための物差しとして機能します。
株、FX、暗号資産のどれを取引する場合でも、「ボラティリティを無視したエントリーや損切り」は、プロから見るとかなり危うい行為です。本記事では、ATRの基本から計算方法、実際のチャートでの活用法、そして個人投資家が使いやすいシンプルな戦略まで、順番に解説していきます。
ATRとは何か:価格の「振れ幅」を数値化する指標
ATRは、一定期間における「真の値幅(True Range)」の平均値です。真の値幅とは、単純に「高値−安値」ではなく、ギャップ(窓開け)も含めて、実際にトレーダーがさらされた最大の価格変動幅を捉えようとする考え方です。
真の値幅TRは、以下の3つの値のうち最大のものとして定義されます。
- 当日の高値 − 当日の安値
- 当日の高値 − 前日終値 の絶対値
- 当日の安値 − 前日終値 の絶対値
このTRを、例えば14期間分集計し、その平均を取ったものが「14期間ATR」です。日足なら過去14日、1時間足なら過去14本分の平均的な値幅を表していると考えられます。
数値のイメージとして、ビットコインの日足でATRが「800ドル」であれば、「直近の平均的な1日の振れ幅はおよそ800ドル前後」と見ることができます。FXのドル円1時間足でATRが「0.25円」であれば、「直近1時間足ベースの平均的な値幅は約25pips」と解釈できます。
なぜATRが重要なのか:同じ損切り幅でも意味が違う
ATRが優秀なのは、「絶対値」ではなく「その銘柄のボラティリティに応じた損切り幅や利確幅を設計できる」点です。例えば、どんな銘柄でも一律に「損切りは100円」と決めてしまうと、値動きの激しい銘柄では簡単にノイズで刈られ、値動きが鈍い銘柄ではリスクを取りすぎている可能性があります。
ATRを使えば、「この銘柄は最近よく動くから損切りは広めに」「この通貨ペアは落ち着いているから損切りはタイトに」といった調整が可能になります。結果として、
- ノイズによる「無駄な損切り」を減らす
- 銘柄ごとのボラティリティを揃えたリスク管理ができる
- トレードの再現性・一貫性が高まる
といった効果が期待できます。
ATRの基本的な設定と読み方
多くのチャートツールでは、ATRのデフォルト期間は「14」に設定されています。これはWelles Wilderがオリジナルの計算式で提案した期間であり、日足ベースであれば「2〜3週間の値動き」をならしたボラティリティと考えることができます。
期間設定については、以下のようなイメージで使い分けるとよいでしょう。
- 短期(7〜10):直近のボラティリティ変化に敏感。スキャルピングや短期デイトレ向け。
- 標準(14):日足〜4時間足など、スイングトレード全般でバランスがよい。
- 長期(20〜50):大きなトレンドのボラティリティを把握したいとき。ポジショントレードや長期保有向け。
ATRはオシレーターのように「0〜100」で規格化されているわけではないため、「数値そのもの」に意味はありません。重要なのは、
- 過去と比べて今のATRが高いか低いか
- 上昇トレンドなのか、低下トレンドなのか
という「相対的な変化」です。例えば、ATRが上昇している局面は「値動きが荒くなっている=トレンドが加速している、あるいは大きな方向転換が起きている可能性がある」と解釈できます。
ATRを使った実践的な損切り設定:1ATR・2ATR・3ATR
個人投資家が最も使いやすいのは、「ATRの何倍かを損切り幅として採用する」シンプルなルールです。ここでは株、FX、暗号資産の3つの例で考えてみます。
例1:日本株スイングトレードの場合
ある日本株の終値ベース日足チャートで、14日ATRが「50円」とします。ここで移動平均線ブレイクをきっかけに買いエントリーする場合、損切り幅を以下のように考えられます。
- タイトな損切り:1ATR(50円)
- 標準的な損切り:1.5〜2ATR(75〜100円)
- 大きめの値動きを想定:3ATR(150円)
例えば2ATR=100円を損切り幅に設定すると、「直近の平均的な値動きの約2倍まではノイズとして許容する」という意味になります。エントリー後、株価が100円逆行したら損切り、というシンプルなルールです。
例2:FX(ドル円)のデイトレードの場合
ドル円1時間足でATR(14)が「0.20円(20pips)」とします。このとき、
- 1ATR=20pips
- 2ATR=40pips
短期のブレイクアウト戦略であれば、1ATR〜1.5ATR(20〜30pips)程度を損切り幅とし、スイング寄りであれば2ATR(40pips)まで許容する、といった形でボラティリティに応じた調整が可能です。
例3:暗号資産(ビットコイン)のスイングトレード
ビットコイン日足でATR(14)が「800ドル」の場合、ボラティリティはかなり高めです。このとき、
- 1ATR=800ドル
- 1.5ATR=1,200ドル
- 2ATR=1,600ドル
ビットコインは一日の値動きが激しいため、1ATR以下に損切りを置くとノイズに刈られやすくなります。一方で、資金量に対して許容できるリスクの範囲内で、1.5〜2ATRをベースにポジションサイズを調整する、という発想が重要になります。
ATRとポジションサイズ管理:ボラティリティに応じて枚数を変える
ATRの本領は「損切り幅の設定」だけでなく、「ポジションサイズの調整」にもあります。具体的には、
- 口座残高に対する1トレードあたりの許容損失額(例:2%)を決める
- ATRから損切り幅を算出する
- 許容損失額 ÷ 損切り幅 で取るべき枚数を逆算する
という手順で、「どれくらいのロットを持つべきか」を機械的に決められます。
例えば、FX口座残高が100万円で、1トレードあたりの許容損失を2%=2万円と決めたとします。ドル円1時間足でATR(14)が20pips、損切り幅を1.5ATR=30pipsとすると、
許容損失額2万円 ÷ 30pips ≒ 666円/pips
となります。ドル円1万通貨で1pipsあたり約100円とすると、約6万通貨までが許容範囲、という計算になります。このように、ATRを使えば、ボラティリティに応じてポジションサイズを自動的に調整することができます。
ATRとトレンドフォロー戦略の組み合わせ
ATRは単体では「トレンド方向」を示さないため、移動平均線やブレイクアウト戦略と組み合わせて使うのが基本です。典型的なトレンドフォローの組み立て方として、以下のようなものがあります。
- 方向判断:移動平均線(例:20日線・50日線)や価格の高値更新・安値更新
- エントリータイミング:ブレイクアウトや押し目・戻りのパターン
- 損切り・利確:ATRの倍数を用いて設定
例えば、株の上昇トレンドフォローであれば、
- 株価が50日移動平均線の上にあり、直近高値をブレイクしたら買い
- 損切りはエントリー価格から2ATR下に設定
- 利確はリスクリワード1:2〜1:3を目標に、4ATR〜6ATR上に置く
といった形で、エントリーからエグジットまで、すべてATRの倍数で一貫して設計できます。これにより、トレードごとのばらつきが減り、戦略の検証もしやすくなります。
ATRブレイクアウト戦略:ボラティリティ拡大を狙う手法
ATRそのもののトレンド(上昇・下降)にも注目すると、ボラティリティ拡大局面を狙った戦略が組めます。代表的なのは「ボラティリティ・ブレイクアウト戦略」です。
イメージとしては、
- しばらくATRが低下している=値動きが収縮している
- そこから急激にATRが上昇=ボラティリティが一気に拡大し始めた
というタイミングで、トレンドの発生・加速を狙ってエントリーする方法です。具体的には、
- 株やFXでレンジが長く続いた後、価格がレンジをブレイク
- 同時にATRが上昇し始め、直近のレンジ時よりも明らかに高い水準に上昇
といった場面は、トレンドがスタートしているか、すでに始まったトレンドが加速しているサインとみなすことができます。
ATRと他の指標の組み合わせ例
ATRは「方向は教えてくれないが、激しさは教えてくれる指標」です。したがって、方向性を示す指標との組み合わせが有効です。いくつか代表的な組み合わせ方を紹介します。
ATR × 移動平均線
移動平均線でトレンド方向を判断し、ATRで損切り幅とポジションサイズを決定するシンプルな組み合わせです。
- 20日移動平均線の上:買い目線、下:売り目線
- エントリー:押し目買い/戻り売り
- 損切り:エントリー価格から2ATR
- 利確:リスクリワード1:2以上になる水準(4ATR〜)
ATR × ボリンジャーバンド
ボリンジャーバンドは統計的な価格分布を示し、ATRは実際の値幅を示します。この2つが同時に拡大している局面は、「ボラティリティが急拡大している」強いトレンドの場面であることが多いです。
- ボリンジャーバンドがスクイーズ状態からエクスパンションへ
- 同時にATRが急上昇
このような局面では、トレンド方向へのブレイクアウト戦略が機能しやすくなります。
ATR × RSI/ストキャスティクス
RSIやストキャスティクスは「過熱感」を測るオシレーターです。ATRと組み合わせることで、
- 強いトレンドかつボラティリティが高い局面での押し目・戻りを狙う
- ボラティリティが落ち着いてきた局面でのレンジ戦略に切り替える
といった柔軟な戦略構築が可能です。例えば、上昇トレンド中に一時的にRSIが40付近まで下がり、ATRが高い状態を維持している場合、「勢いのあるトレンドの中の押し目」として買い場候補になることがあります。
ATRを使う際の注意点:過剰なレバレッジと時間軸の混在
ATRは非常に便利な指標ですが、いくつか注意しておきたいポイントがあります。
- 時間軸を混在させない:日足のATRで損切り幅を決めたのに、1分足を見ながらスキャルピング的に出入りすると、設計が崩れます。損切り・利確・エントリー根拠は、基本的に同じ時間軸で揃えることがおすすめです。
- ATRが急騰している局面でのレバレッジ:ボラティリティが極端に高まっているときは、1ATRの値幅自体が大きくなります。その状態で普段と同じロットを持つと、許容リスクを簡単に超えてしまう可能性があります。ATRが高いときほど、ロットを抑える判断が重要です。
- 銘柄ごとのクセ:同じATRでも、銘柄によってはギャップが多かったりアルゴリズム取引に振り回されたりします。バックテストや検証を通して、「自分が扱うマーケットでは、何ATRの損切りがちょうどよいのか」を確認することが大切です。
まとめ:ATRは「リスク量を揃えるための物差し」
ATRは、
- 銘柄ごとのボラティリティの違いを数値で把握する
- ボラティリティに応じて損切り幅・ポジションサイズを調整する
- ボラティリティ拡大局面を捉えてブレイクアウト戦略に活用する
といった用途で、個人投資家にとって非常に実務的なテクニカル指標です。移動平均線やRSIのようなメジャー指標に比べると地味に見えますが、「生き残り続けるトレード」を目指すのであれば、ATRによるリスク管理は避けて通れません。
まずは、お使いのチャートソフトでATRを表示し、日足と4時間足など複数の時間軸で「自分がよく取引する銘柄のボラティリティの癖」を観察してみてください。そのうえで、1ATR・2ATR・3ATRといった損切り幅を実際のトレードルールに組み込んでいくと、感覚だけに頼らない、より安定したトレードに近づいていくはずです。


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