ポイント・アンド・フィギュア(Point & Figure、以下P&F)は、ローソク足や移動平均線とはまったく発想の異なるチャートです。時間の経過をいったん捨て、価格がどれだけ動いたかだけに集中することで、市場の「ノイズ」を極力そぎ落とし、トレンドの方向と転換点をシンプルにとらえようとする手法です。
一見すると古典的なアナログ手法に見えますが、「トレンドに素直についていく」「だましを減らす」という点で、今でもプロ投資家の一部に根強い支持があります。株・FX・暗号資産など銘柄を問わず使えるうえ、インジケーターに頼りすぎず値動きそのものを読む練習にもなるため、チャートリーディングの基礎を鍛えたい人にも向いています。
ポイント・アンド・フィギュアとは何か
P&Fは、価格の上昇を「X」、下落を「O」で表し、縦方向に連続したXの列・Oの列を描いていくチャートです。横軸は時間ではなく「列の順番」にすぎません。価格が一定量以上動いたときだけ新しい印を付け、一定量以上逆行したときに初めて列を切り替えます。
この特徴により、次のようなメリットがあります。
- 無意味な小さな上下動(ノイズ)を自動的に無視できる
- トレンドの方向(上昇トレンドの列/下落トレンドの列)が視覚的に分かりやすい
- 明確なブレイクアウト水準を定義しやすい
一方で、設定を誤ると値動きを粗くしすぎてしまい、エントリーが極端に遅くなることもあります。そこで、まずはP&Fの設計図ともいえる「ボックスサイズ」と「転換値幅」の考え方から整理します。
P&Fチャートの基本ルール:ボックスサイズと転換値幅
P&Fを描くうえで、特に重要なパラメーターが次の2つです。
- ボックスサイズ:1つの「X」や「O」が表す価格幅
- 転換値幅(リバーサル):列を切り替えるために必要な逆行幅(通常はボックスサイズの3倍など)
例えば、為替レートが1ドル=150円前後で動いているUSD/JPYのP&Fを作るとします。以下のような設定が一例です。
- ボックスサイズ:0.1円
- 3ボックス・リバーサル(転換値幅は0.3円)
この場合、価格が0.1円動くたびにXまたはOを1マス増やします。ただし、同じ方向に動いているあいだは列を変えず、3ボックス分(0.3円)逆行したときに初めて列を切り替えます。たとえば、149.8円から150.5円まで上昇した場合、0.7円の上昇なのでXが7マス縦に並びます。その後、150.5円から150.1円まで0.4円下落すると、0.3円を超えて逆行したので、新しいOの列が左隣りに出現するイメージです。
このように、細かな逆行は無視し、大きめの逆行が出たときだけトレンド転換のサインとして扱うため、視覚的にトレンドの転換点が浮き上がってきます。
P&Fでよく使われる基本的なパターン
P&Fチャートでは、いくつか代表的なブレイクアウトパターンが知られています。ローソク足のダブルトップやトリプルトップと似た考え方ですが、線ではなくXとOの組み合わせで判定するイメージです。
ダブルトップ・ブレイクアウト
上昇トレンドの途中で、Xの列がある価格水準まで2回到達し、2回目にその水準を上抜けたときのパターンです。レジスタンスを明確に上抜けたと判断し、買いシグナルとして扱います。価格の細かな動きを無視している分、「本当に上抜けた」といえる水準だけがチャート上に残ることが特徴です。
トリプルトップ・ブレイクアウト
ダブルトップよりもさらに強いブレイクとみなされるパターンで、同じ水準付近に3回Xの天井を付け、その3回目を上抜けたときに買いシグナルと見なします。レンジを長く抜け出せなかった価格帯を明確に突破した、と解釈できます。
ダブルボトム・トリプルボトム
ダブルボトム・トリプルボトムは、Oの列で同様の形が出た場合のパターンです。特定の価格帯で何度も下げ止まり、そこから上向きのX列に切り替わることでサポートの強さを確認できます。特に、トリプルボトムを下抜けた場合は強い売りシグナルとされることが多く、下落トレンドの加速に警戒する局面となります。
カウント法による目標値の推定
P&Fの伝統的な手法として、横方向の列の長さを使って価格の目標値を推定する「カウント法」があります。たとえば、長いレンジを上抜けたダブルトップ・ブレイクアウトでは、レンジの横幅(列数)×ボックスサイズを目標値の目安にする、といった使い方です。あくまで目安ですが、「どこまで伸びたら一部利益確定を検討するか」といった戦略づくりに役立ちます。
株・FX・暗号資産での具体的な活用イメージ
P&Fは、対象市場を問いません。ここでは、株、FX、暗号資産それぞれでの具体的なイメージを整理します。
株式市場でのP&F活用例
日本株の個別銘柄では、日足終値をベースにP&Fを作成する例が分かりやすいです。例えば、株価が1,000円前後の銘柄なら、ボックスサイズを10円、リバーサルを3ボックスにするなどして、日々の終値ベースでXとOを更新していきます。
横ばいレンジが長く続いている銘柄では、P&F上でもXとOの列が狭い範囲で行ったり来たりする形になります。このレンジ上限を上抜けるダブルトップ・ブレイクアウトは、中期トレンド転換の初動になりやすいため、スイングトレードの候補として監視する価値があります。
FX市場でのP&F活用例
FXでは、24時間連続して価格が動くため、時間軸を切り離すP&Fのメリットが際立ちます。たとえば、EUR/USDで0.0020(20pips)をボックスサイズ、3ボックス・リバーサルを転換条件とすれば、60pips以上の逆行がない限りトレンドの方向は変わりません。細かい上下動に振り回されがちな短期トレーダーにとって、「トレンドが本当に変わったのか」を落ち着いて見極めるための指標として有用です。
暗号資産でのP&F活用例
暗号資産(仮想通貨)はボラティリティが高く、ローソク足ではヒゲだらけになりやすい市場です。ビットコインやアルトコインの価格は、1日のうちに何度も急変動を繰り返すことがありますが、P&Fでは一定以上の値幅が出るまで新しい箱を描かないため、極端なボラティリティでもトレンド方向が比較的落ち着いた形で表現されます。
例えば、ビットコイン価格が300万円前後で動いている状況で、ボックスサイズを5万円、リバーサルを3ボックスに設定すれば、15万円以上の逆行がない限り列は切り替わりません。短期的な急落や急騰があっても、中期トレンドが維持されているかどうかを冷静に判断しやすくなります。
P&Fを使った売買戦略の組み立て方
P&F単体で戦略を組む場合でも、基本は「トレンドフォロー」と「ブレイクアウト」が軸になります。代表的な考え方を整理します。
エントリーの考え方
- 買い方向:ダブルトップ・トリプルトップ・カタパルトなどのブレイクアウトパターンでX列がレジスタンスを抜けたとき
- 売り方向:ダブルボトム・トリプルボトムの下抜け、重要なサポート水準をO列が割り込んだとき
エントリー時には、ただパターンが出たから機械的に入るのではなく、「上位時間軸のトレンド」「ボリューム」「ファンダメンタルズ」なども含めて総合判断することが重要です。P&Fはあくまで価格行動の整理であり、他の情報を排除しなければならないというものではありません。
損切りとポジションサイズ
P&Fは、損切りラインを定義しやすい点もメリットです。たとえば、ダブルトップ・ブレイクアウトで買いエントリーする場合、直近のO列の安値(直近ボトム)を損切りラインに設定する、といったルールがよく使われます。これにより、1トレードあたりのリスク幅をボックスサイズと列数から定量的に把握できます。
リスク管理の一例として、「1トレードあたりの損失許容額を口座残高の1〜2%以内に抑える」「ボックスサイズ×何箱分を想定リスクとしてポジションサイズを計算する」といった手法があります。P&Fはボックスと列で価格幅が明確に見えるため、こうした計算と相性が良いです。
移動平均やMACDとの組み合わせで精度を高める
P&Fは、それ自体が完結したチャート手法ですが、ローソク足チャート上の移動平均線やMACDなどと組み合わせることで、エントリーの精度を高めることができます。
- トレンドフィルターとしての移動平均線:日足チャートで200日移動平均線より上なら「買い優先」、下なら「売り優先」とざっくり方向性を決め、そのうえでP&Fのブレイクアウトパターンを探す。
- モメンタム確認としてのMACD:P&Fで買いパターンが出たとき、MACDがゼロラインより上でシグナルを上抜けているかなどを確認し、モメンタムの方向と一致しているかをチェックする。
このように、P&Fを「トレンド方向とブレイクポイントを可視化する道具」として位置づけ、他のインジケーターで補完する発想を持つと、過信しすぎずバランスの良い戦略を構築できます。
初心者がつまずきやすいポイントと対策
P&Fはシンプルに見える一方で、最初に設定を間違えると「使えないチャート」に感じてしまいがちです。代表的なつまずきポイントと対策を挙げます。
- ボックスサイズが小さすぎる:ローソク足と同じようなノイズだらけのチャートになり、P&Fのメリットが失われます。日足ベースなら、過去数カ月の値動き幅を参考に、「1日で頻繁に行き来しない程度」のサイズに設定するとよいでしょう。
- 転換値幅が小さすぎる:列の切り替えが頻発し、トレンド転換シグナルが多発します。3ボックス・リバーサルは一つの目安ですが、ボラティリティの高い銘柄では4〜5ボックスに広げる選択肢もあります。
- ブレイクアウトだけを見て環境認識を無視する:P&Fのパターンだけでトレードせず、上位時間軸のトレンドや出来高、ニュースなども含めて総合的に判断するクセを付けることが重要です。
P&Fをバックテストに組み込む考え方
実際にP&Fをトレード戦略に組み込む際には、過去チャートでどの程度機能していたかを検証する作業が欠かせません。P&Fをプログラム上で再現するには多少の工夫が必要ですが、考え方の骨格はシンプルです。
- 終値データを読み込み、ボックスサイズと転換値幅を決める
- 価格がボックスサイズ分動くたびにXまたはOを追加し、転換値幅以上の逆行が起きたら列を切り替える
- ダブルトップ・ダブルボトムなどの条件をコード化し、シグナル発生時に仮想エントリー・クローズを記録する
バックテストでは、「設定値を変えたときに成績が大きく崩れないか」「特定の銘柄にだけ偏って機能していないか」といった点を確認することで、過剰最適化をある程度避けることができます。P&Fは裁量での目視判断にも向きますが、ルールを明文化し、可能な範囲で数値検証を行う姿勢が重要です。
まとめ:ノイズを捨てて、トレンドそのものを見る
ポイント・アンド・フィギュアは、時間軸をあえて捨てることで、価格の本質的な動きだけを抽出しようとするチャート手法です。ボックスサイズと転換値幅を適切に設定することで、ノイズを抑えたトレンドフォロー戦略のベースとして活用できます。
株・FX・暗号資産など対象を問わず応用可能であり、ダブルトップ・トリプルトップのブレイクアウトやカウント法による目標値設定など、シンプルながら汎用性の高いルールが多数存在します。最初は設定に迷うかもしれませんが、いくつかの銘柄で複数パターンを試しながら、自分の時間軸とリスク許容度に合ったボックスサイズを探っていくことが大切です。
P&Fは、最新のインジケーターとは対照的な古典的手法ですが、「値動きそのものを読む」という本質的な感覚を磨くうえで今なお有力なツールです。ローソク足や移動平均線と組み合わせながら、自分なりのルールを少しずつ整えていけば、マーケットのトレンド変化に冷静に向き合うための良い補助線になってくれます。


コメント