ポイント・アンド・フィギュア（P&F）チャートは、日本の個人投資家にはまだあまり馴染みがありませんが、プロのトレーダーや海外の個人投資家の間では根強い人気がある価格アクション特化型のチャート手法です。ローソク足のように時間軸を重視するのではなく、「どれだけ価格が動いたか」だけに集中するため、トレンドの方向性やブレイクアウトのポイントが非常にクリアに見えるという特徴があります。
本記事では、株、FX、暗号資産などに共通して使えるP&Fチャートの考え方と具体的な売買戦略を、初めて触れる方でも実践に落とし込みやすいレベルまで丁寧に解説します。単なる用語説明にとどまらず、実際にどう使えば収益機会を狙えるのか、どこでやられやすいのか、といった実務的なポイントまで掘り下げてお伝えします。
P&Fチャートの基本コンセプト
P&Fチャートは、「時間」ではなく「値幅」によって価格変動を表現するチャートです。通常のローソク足では、1本の足が1分・5分・1時間・1日といった時間単位で描かれますが、P&Fチャートでは、「価格が一定幅以上動いたらマークする」「逆方向に一定幅以上動いたら列を切り替える」というルールで描画していきます。
縦方向には「価格」、横方向には「時間の経過に伴う列の増加」が並びますが、時間スケールは一定ではありません。値動きが激しい相場では横方向にどんどん列が増え、値動きが乏しい相場ではほとんど進まない、という構造になります。そのため、ノイズの多い短期足チャートよりも、トレンドの芯が見えやすくなるのが特徴です。
ボックスサイズとリバーサル数
P&Fチャートを使いこなすうえで重要なパラメータが「ボックスサイズ」と「リバーサル数」です。
ボックスサイズとは、1つのマーク（XやO）が表す価格幅のことです。たとえば株価なら「50円刻み」、FXなら「10pips刻み」、暗号資産なら「100ドル刻み」といった形で設定します。ボックスサイズを小さくすれば細かい値動きまで拾えますが、ノイズが増えます。大きくすればノイズは減りますが、シグナルは遅くなります。
リバーサル数とは、上昇トレンド（Xの列）から下降トレンド（Oの列）に切り替わる、あるいはその逆に切り替わるために必要なボックス数です。最も一般的なのは「3ボックスリバーサル」と呼ばれる設定で、3ボックス分逆方向に動いたときに、列を切り替えて新しい列を描画します。これにより、単なる一時的な押し目・戻りでは列が変わらず、本格的なトレンド転換が起きたときだけ列が反転する設計になっています。
X列とO列の意味
P&Fチャートでは、上昇方向の値動きをX、下降方向の値動きをOで表します。たとえば上昇トレンド中であればXが縦に連続して並び、一定以上下落すると、となりの列にOが下方向に並ぶ形で描かれていきます。
イメージとしては、Xの列が連続しているところは「買いが優勢」、Oの列が連続しているところは「売りが優勢」とざっくり判断できます。ローソク足よりもパターンがシンプルなので、慣れてくるとチャート全体の構造を数秒で把握できるようになります。
具体例：ドル円のP&Fチャート設定例
FXのドル円を例に、実際の設定イメージを考えてみます。たとえば、日足レベルのトレンドを捉えることを目的とするなら、次のような設定が一つの目安になります。
- ボックスサイズ：0.5円（50pips）
- リバーサル数：3
この設定なら、1.5円（3ボックス）逆行しない限り列が反転しないため、日中の細かいノイズは無視して、大きなトレンドの転換点にだけ注目できます。たとえば、145円から150円にかけてXが連続している局面は、5円幅の力強い上昇トレンドを意味します。一方、その後に150円から148.5円、147円、145.5円と3ボックス分下落すれば、O列に反転し、本格的な調整局面に入ったシグナルと解釈できます。
代表的な売買シグナル：ダブルトップとダブルボトム
P&Fチャートを使った売買シグナルとして最も基本的なのが「ダブルトップブレイク」と「ダブルボトムブレイク」です。複雑なパターンを覚えなくても、この2つだけでも十分に実戦投入できます。
ダブルトップブレイクは、過去の高値をX列が上抜けしたときの買いシグナルです。具体的には、ある価格水準にXが2つ並び、その後いったん押し目が入り、再び同じ水準まで上昇して、さらにその1ボックス上にXがついたときがエントリーポイントになります。これは、レジスタンスを明確に上抜けし、買いエネルギーが再び優勢になった局面とみなせます。
ダブルボトムブレイクはその逆で、過去の安値をO列が下抜けしたときの売りシグナルです。サポートを明確に割り込んだ局面として、ショートエントリーやロングポジションの手仕舞いポイントとして活用できます。
シンプルなトレンドフォロー戦略
初心者でも運用しやすいP&Fのトレンドフォロー戦略として、次のようなルールを考えてみます。
- ボックスサイズ：株なら終値の1〜2％、FXなら50〜100pips程度
- リバーサル数：3ボックス
- エントリー：ダブルトップブレイクで買い、ダブルボトムブレイクで売り
- 手仕舞い：反対方向のダブルシグナルが出たら全決済
たとえば、株価3,000円前後で推移している銘柄でボックスサイズを30円（1％）、リバーサル数を3と設定したとします。3,000円から3,090円、3,120円、3,150円とXが積み上がり、直近の高値3,120円を上抜けして3,150円に達した時点がダブルトップブレイクとなり、買いエントリーの候補になります。その後、3,120円を下回り、3,090円、3,060円とO列が3ボックス分積み上がり、ダブルボトムブレイクが発生した段階で手仕舞い、といった運用です。
リスク管理：ボックス単位で損切りを決める
P&Fチャートの優れている点は、値幅ベースでリスクを管理しやすいことです。エントリー価格から何ボックス分逆走したら損切りするかを明確に決めておくことで、感情に流されにくくなります。
たとえば、先ほどの株価3,150円で買いエントリーした例では、ボックスサイズ30円、リバーサル数3です。このとき、エントリーから2ボックス（60円）逆行した3,090円を損切りラインと決めておく、という設計が考えられます。P&Fチャート上では、3,150円の1つ下が3,120円、その下が3,090円なので、2ボックス分の許容リスクという形で直感的に把握できます。
FXや暗号資産でも同様に、「エントリーから何ボックス分の逆行までは許容するのか」をあらかじめ定義することで、ロットサイズや必要証拠金の計算もシンプルになります。
レンジ相場でのだましシグナルへの対処
P&Fチャートはトレンドの把握には非常に有効ですが、価格が一定のレンジ内で行ったり来たりしている局面では、ダブルトップ・ダブルボトムが頻繁に出てだましシグナルになりがちです。これはトレンドフォロー系の指標全般が持つ弱点でもあります。
この問題に対処するシンプルな方法は、「レンジの幅とボックスサイズの関係を意識すること」です。レンジの高値と安値の幅が、ボックスサイズの数個分しかないような環境では、そもそもP&Fのシグナルで積極的に仕掛けない、というフィルターを設けるのが有効です。具体的には、「直近数カ月の高値と安値の差がボックスサイズの10個分以下なら様子見」といった基準を自分なりに決めておくとよいでしょう。
出来高や他の指標との組み合わせ
P&Fチャートは価格アクションに特化しているため、出来高やオシレーター系指標と組み合わせるとシグナルの精度を上げやすくなります。たとえば、次のような組み合わせが考えられます。
- P&Fのダブルトップブレイク＋出来高の増加
- P&Fのダブルボトムブレイク＋RSIの売られ過ぎからの戻り
- P&Fのトレンド継続パターン＋ボリンジャーバンドのバンドウォーク
特に出来高との組み合わせは相性が良く、ブレイクアウト時に出来高が平均以上に増加しているかどうかをチェックするだけでも、だましをかなり減らすことができます。P&Fはパターン認識に優れたチャートなので、エントリー・エグジットの「タイミング決め」に特化させ、トレンドの強さや相場環境の認識には他の指標を使う、という役割分担も有効です。
暗号資産でのP&F活用のコツ
暗号資産はボラティリティが非常に高いため、ボックスサイズの設定が特に重要です。あまりに小さなボックスサイズを設定すると、チャートがノイズだらけになり、常にシグナルが点灯しているような状態になります。ビットコインや主要アルトコインであれば、日足ベースであれば数百ドル〜1,000ドル単位のボックスサイズから試し、リバーサル数は3以上にして、まずは大きなトレンドだけを狙う設計が現実的です。
また、レバレッジをかけた短期トレードよりも、スポット（現物）でのスイングトレードや中期のトレンドフォローに向いています。P&Fチャートで長期的な上昇トレンドが続いている銘柄に絞り、その中でダブルトップブレイクが発生したタイミングだけを拾っていく、といった使い方は、初心者でも比較的取り組みやすいアプローチです。
バックテストと検証のすすめ
P&Fチャートは、一般的なローソク足に比べると自動バックテスト環境が整っていないことが多いですが、TradingViewなど一部のプラットフォームではP&Fチャートに対応しており、手動での検証は十分に可能です。過去数年分のチャートをスクロールしながら、ダブルトップ・ダブルボトムの発生箇所を確認し、「その後の値動きがどうなったか」をノートに記録していくことで、おおよその勝率やリスクリワードの感覚をつかむことができます。
重要なのは、「自分が設定したボックスサイズとリバーサル数」に対してシグナルの質がどう変わるかを確認することです。同じ銘柄でも、ボックスサイズを変えるだけで全く違う性格のシグナルが出てきます。最初から完璧な設定を探そうとするのではなく、「この銘柄でこの時間軸なら、このくらいの設定が自分には見やすい」と感じるポイントを少しずつ見つけていく姿勢が大切です。
実戦投入時の注意点
最後に、P&Fチャートを実際のトレードに組み込む際の注意点を整理します。
- ローソク足チャートを完全に捨てない：P&Fはあくまで補助的な視点として使い、ローソク足でのサポート・レジスタンス、ニュース、出来高なども合わせて確認することで、極端な偏りを避けることができます。
- パラメータを頻繁に変えすぎない：ボックスサイズやリバーサル数をその都度変えてしまうと、好都合なシグナルだけを選び取る「後付け」になりがちです。いったん決めた設定で一定期間は検証を続け、その上で必要があれば見直す、というスタンスが有効です。
- ポジションサイズはリスク許容度から逆算する：ボックスサイズと損切りボックス数から、1トレードあたりの最大損失額をあらかじめ計算し、自分の資金とリスク許容度に見合ったロットに調整することが重要です。
まとめ：P&Fチャートは「ノイズを削ぎ落としたトレンドの骨格」
P&Fチャートは、時間の概念を捨てて値幅だけに集中することで、相場の「骨格」を浮かび上がらせるユニークなチャート手法です。ボックスサイズとリバーサル数というシンプルなパラメータで、トレンドの転換点やブレイクアウトポイントを視覚的に捉えることができます。
特に、ローソク足チャートの細かい値動きに振り回されてしまう方や、トレンドフォローを軸にしたシンプルなルールを作りたい方にとって、P&Fチャートは有力な選択肢になりえます。本記事で紹介したダブルトップ・ダブルボトムを用いた基本戦略と、ボックスサイズ・リバーサル数の考え方を出発点に、自分の取引スタイルや銘柄特性に合わせたアレンジを少しずつ加えていくことで、オリジナルのP&F戦略を構築していけるはずです。
最初は見慣れないチャートに感じるかもしれませんが、数十パターンほど過去のチャートを追いかけていくうちに、「どのような場面で優位性が生まれやすいか」が少しずつ見えてきます。焦らず、小さなロットから検証を重ねながら、自分なりの勝ちパターンを蓄積していくことが、長く市場に残り続けるための近道になります。
コメント