多くの個人投資家は、同じチャートを見ているつもりでいても、「時間の切り方」が違うだけでまったく別の相場に見えてしまうことがあります。通常のローソク足は「5分足」「1時間足」「日足」のように時間で区切られますが、レンジバーは「値幅」で足を区切るチャートです。この発想の違いが、トレンドの把握やエントリー精度に大きな差を生みます。
この記事では、レンジバーという少しマニアックなチャートの見方を、株・FX・暗号資産などの初心者でも理解できるように、基礎から実践的な使い方まで丁寧に解説していきます。時間足チャートだけでは見えなかった「本当の値動きのリズム」をつかむヒントになるはずです。
レンジバーとは何か:時間ではなく「値幅」で足を作るチャート
レンジバー(Range Bar)は、一定の値幅を価格が動いたときにだけ新しいバー(足)が生成されるチャートです。通常のローソク足と決定的に違うのは、時間の経過では足が確定しないことです。
例えば、FXのドル円で「1レンジ=5pips」のレンジバーを設定したとします。この場合、価格が5pips動くまでは、今のバーは確定せずに描き足され続けます。5pips以上動いたタイミングで初めてそのバーが完成し、次のバーが始まります。
つまり、レンジバーは「相場がどれだけ動いたか」にだけ注目してチャートを描いていくため、「ほとんど動いていない退屈な時間帯」の足がほぼ消え、よく動いた局面ほどバーの数が増えるという特徴があります。
レンジバーが投資初心者にも有用な理由
レンジバーは一見プロ向けのマニアックなツールに見えますが、むしろ初心者がチャートを見るときに余計な情報を減らし、「本当に重要な値動きだけに集中させる」という点で非常に有用です。
特に以下のような効果が期待できます。
- 時間足チャートよりも「ダマシのノイズ」が減り、トレンドの方向が視覚的に分かりやすくなる
- レンジバー上で移動平均線やMACDなどのインジケーターを重ねると、シンプルなトレンドフォロー戦略が組み立てやすくなる
- ブレイクアウトの局面がはっきりと形になりやすく、エントリーポイントが明瞭になる
実際、短期売買を行うFXトレーダーや暗号資産トレーダーの中には、「時間足チャートはざっくりした全体把握にだけ使い、エントリーとエグジットはレンジバーチャートで決める」というスタイルをとる人も少なくありません。
時間足チャートとの違いを具体的なイメージで理解する
レンジバーのメリットを直感的に理解するには、同じ相場を「5分足」と「レンジバー」で比べてみると分かりやすいです。ここではイメージとして、ある日のドル円の動きを例に取ります。
・東京時間はほとんど動かず、上下10pips程度のレンジ相場が長く続いていた
・ロンドン時間に入って一気に上昇し、そこから欧州・NYとトレンドが伸びた
このような一日の場合、5分足チャートには、ほとんど値動きのない「ただ時間だけが流れたローソク足」が大量に並びます。チャート全体を俯瞰すると、重要な動きとどうでもいい動きが同じように並んでしまい、トレンドのスタートポイントがぼやけて見えることがあります。
一方、同じ日の値動きを「5pipsレンジバー」で描くと、東京時間の退屈な時間帯はほとんどバーが生成されず、ロンドン以降の大きく動いた時間帯だけバーの密度が濃くなります。結果として、「相場が本当に動き出したタイミング」が視覚的に浮き上がるのです。
レンジサイズの決め方:小さすぎても大きすぎてもダメ
レンジバーを使ううえで最も重要なパラメータが「1レンジの値幅」をどう設定するかです。ここを間違えると、せっかくのレンジバーが単なるノイズの塊か、逆に情報量の少なすぎるチャートになってしまいます。
FXの場合のレンジサイズの目安
FX、特にメジャー通貨ペア(ドル円、ユーロドルなど)の場合、短期トレードでよく使われる目安は以下のようなイメージです。
- 超短期スキャルピング:2~3pipsレンジ
- 短期デイトレード:5~10pipsレンジ
- もう少しゆったりとしたデイトレ・スイング:15~25pipsレンジ
もちろん相場のボラティリティによって調整が必要ですが、「1日の平均値幅(ATR)のおおよそ20~30分の1程度」を目安にするとバランスが取りやすくなります。
暗号資産の場合のレンジサイズの考え方
暗号資産はFXよりもボラティリティが大きいことが多いため、「価格のパーセンテージ」でレンジサイズを決める方法も有効です。
- ビットコインなど比較的時価総額の大きい銘柄:0.3~0.7%程度
- アルトコインなどボラティリティの高い銘柄:1.0%前後からスタートして調整
例えば、ビットコインが30000ドル付近なら、0.5%レンジは約150ドルです。この150ドルごとに新しいレンジバーが生成されるイメージになります。
株式の場合のレンジサイズ
個別株の場合は、株価水準と一日の平均値幅を見ながら、「デイトレで狙う値幅の3分の1~5分の1」をレンジサイズにするという考え方が分かりやすいです。
例えば、1日に平均して200円くらい動く銘柄を、1回のトレードで80円前後狙いたいとします。この場合、レンジサイズを20円~30円に設定しておくと、1回のトレンドで3~5本程度のレンジバーが連続して並び、押し目や戻りの判別がしやすくなります。
レンジバー上で機能しやすいシンプルなトレンドフォロー戦略
レンジバー単体でも値動きのリズムは把握しやすくなりますが、多くの個人投資家にとって現実的なのは、「レンジバー+シンプルなインジケーター」の組み合わせです。ここでは、特に再現性を意識しやすいトレンドフォローの基本パターンを紹介します。
戦略1:レンジバー+短期・中期移動平均線のクロス
最も分かりやすいのは、レンジバーチャートに「短期移動平均線(例:5レンジ)」「中期移動平均線(例:13レンジ)」を重ねて、クロスを手掛かりにする方法です。
具体的なイメージは以下の通りです。
- 上昇トレンド狙い:短期線が中期線を下から上に抜け(ゴールデンクロス)、その後もレンジバーが両線の上側で推移している局面で押し目を狙う
- 下降トレンド狙い:短期線が中期線を上から下に抜け(デッドクロス)、レンジバーが両線の下側で推移している局面で戻り売りを狙う
時間足チャートでは、急なニュースや指標で一時的に髭が大きく伸び、移動平均線のクロスが「ダマシ」になりやすい場面があります。レンジバーでは、「一定以上の値幅」が出ないとバーが確定しないため、余計なヒゲだけでクロスが発生しづらくなるという利点があります。
戦略2:レンジバー+ブレイクアウト(高値・安値の更新)」
レンジバーは、横ばいのもみ合いとブレイクアウトの境目が視覚的に分かりやすいという特徴があります。特にFXや暗号資産の短期トレードでは、「一定本数分、レンジが積み上がった後のブレイク」を狙う戦略と相性が良いです。
例えば、以下のようなルールを考えることができます。
- 直近のレンジバー10本(本数は銘柄やレンジサイズで調整)で形成された高値・安値をラインで引く
- その高値を上抜けしたレンジバーが確定したら買い、安値を下抜けしたレンジバーが確定したら売り
- 損切りはブレイク直前のレンジ帯の反対側、または平均1~2レンジ分
時間足チャートでは、「ブレイクしたように見えるが結局ヒゲで戻された」ような動きが多く見られます。一方レンジバーでは、「一定の値幅以上進んだうえでバーが確定している」ため、ブレイクの判定が明確になります。
戦略3:レンジバー+RSIで押し目・戻りを測る
レンジバーの上にRSIを重ねると、「トレンド方向はレンジバーの形で判断し、エントリーのタイミングはRSIの水準で測る」というシンプルな組み合わせが可能になります。
例えば上昇トレンドでの押し目買いを狙う場合、以下のようなステップが考えられます。
- レンジバーが右肩上がりに連続し、直近安値を切り上げているかを確認(トレンド方向の認識)
- RSIが一時的に40~50付近まで下がり、その後再び上向きに転じるタイミングを待つ
- そのタイミングで、直近数本のレンジバー高値を上抜けしたところを押し目買いする
レンジバーは値動きベースで足を作っているため、同じRSIでも「無意味に時間だけが経過している局面のシグナル」が減り、動いたところだけが反映される形になります。その分、相場のリズムに沿った押し目・戻りを測りやすくなるのがメリットです。
レンジバーの弱点と注意点
どんなツールにも弱点があります。レンジバーも例外ではなく、特に初心者が気を付けるべきポイントを事前に理解しておくことが重要です。
弱点1:時間感覚がつかみにくい
レンジバーは値動きだけで足を生成するため、「そのトレンドにどれくらいの時間がかかったのか」がチャート上からは分かりにくくなります。特にデイトレードやスイングトレードでは、「指標発表まであと何分」「欧州時間の開始前後」といった時間軸の意識も重要です。
実務的には、「全体の時間感覚は通常の時間足チャートで確認し、エントリーや利確・損切りの精度を上げるためにレンジバーを併用する」という二刀流が現実的です。
弱点2:レンジサイズを変えると見える世界が変わる
レンジバーは設定した値幅によってチャートの印象が大きく変わります。極端な話、レンジサイズを半分にするとバーの本数はおおよそ2倍に増え、細かい波が強調されます。逆にレンジサイズを2倍にすると、スイングトレード向きの大きな波だけが残ります。
このため、「どのレンジサイズが正しいか」という絶対的な答えはありません。自分のトレードスタイル(スキャル・デイトレ・スイング)や狙う値幅、銘柄のボラティリティに合わせて、しっくりくるレンジサイズを検証で探す必要があります。
弱点3:対応しているチャートソフトが限られる場合がある
レンジバーはすべての証券会社・FX会社・暗号資産取引所のチャートで標準搭載されているわけではありません。一般的なチャートプラットフォームの中には、レンジバーやカギ足、レンジバー、P&Fなどの非時間足チャートに対応しているものもありますが、環境によって利用可能かどうかが異なります。
そのため、レンジバーを本格的に使いたい場合は、対応しているチャートツールを事前に確認しておくことが重要です。
実際のトレード手順の例:FX短期トレードでレンジバーを使う
ここからは、投資初心者が実際にレンジバーを使い始めるうえでの、具体的な手順の一例を示します。ここではFXドル円の短期デイトレードを想定します。
ステップ1:時間足で全体の流れを確認する
まずは通常の時間足チャート(日足、4時間足、1時間足など)で、現在の相場環境をざっくりと把握します。
- 大きなトレンドは上なのか下なのか、あるいはレンジなのか
- 重要な高値・安値、サポート・レジスタンスはどこか
- 直近で大きな指標発表やイベントが控えていないか
ここでは、どちらか一方向に強いトレンドが出ている日を狙うと、レンジバーの威力を体感しやすくなります。
ステップ2:レンジバーのサイズを仮決めする
ドル円の1日の平均値幅が例えば80pips程度だと仮定し、デイトレで1回あたり20~30pipsを狙いたい場合、レンジサイズを5pips前後に設定してみます。最初は「少し大きいかな」と感じるくらいのレンジサイズから始めた方が、ノイズが少なくトレンドが見やすくなります。
ステップ3:レンジバー+移動平均線でトレンド方向を認識
レンジバーチャートに、短期移動平均線(例:5レンジ)、中期移動平均線(例:13レンジ)を重ねます。以下のような状態になっているかを確認します。
- 上昇トレンド狙い:レンジバーが両方の移動平均線よりも上で推移し、短期線も中期線も右肩上がり
- 下降トレンド狙い:レンジバーが両平均線よりも下で推移し、両線が右肩下がり
どちらにもはっきり傾いていない場合は、無理にトレードしないという判断も重要です。
ステップ4:押し目・戻りポイントをレンジバーで探す
トレンド方向が決まったら、その方向への押し目(上昇トレンドなら一時的な下げ)や戻り(下降トレンドなら一時的な上げ)をレンジバーで探します。
具体的には、
- 上昇トレンドの場合:短期移動平均線まで一度下げてから、再び上向きのレンジバーが連続し始める局面
- 下降トレンドの場合:短期移動平均線まで一度戻してから、再度下降方向のレンジバーが連続し始める局面
このとき、直近のレンジバー数本分の高値・安値に水平ラインを引き、エントリーはそのラインを抜けたバーの確定で行うと、感情に流されにくくなります。
ステップ5:損切りと利確のルールを「レンジ何本分」で決める
レンジバーと相性が良いのが、「値幅」ではなく「レンジ何本分」で損切り・利確を決める考え方です。
- 損切り:エントリーから逆方向に2~3レンジ進んだら即撤退
- 利確:エントリーからトレンド方向に4~6レンジ進んだところで部分利確、残りは移動平均線割れで決済
例えば5pipsレンジなら、「損切りは最大15pips、利確の第1目標は20~30pips」というように、チャートに直接「レンジ何本分か」で線を引いて管理できます。これにより、感覚ではなくルールベースでリスク・リワードをコントロールしやすくなります。
暗号資産トレードでレンジバーが生きる局面
暗号資産は24時間動き続け、時間帯によってボラティリティも大きく変化します。特にビットコインや主要アルトは、突然のニュースや大口プレイヤーの売買で一気に価格が飛ぶことも珍しくありません。
こうした市場では、時間足チャートだけを見ていると、重要なブレイクポイントが「たまたま5分足1本の中で一瞬起きて消えた」という形になり、後からチャートを振り返っても再現性が低く感じられることがあります。
レンジバーを使うことで、「一定以上動いたところだけがバーとして記録される」ため、急なスパイクも「いくつかのレンジバーの連続」として視覚化されます。これにより、
- どこからどこまでが一つの勢いの塊だったのか
- その後の押し目や戻りはどの程度の値幅だったのか
といった点が、後から検証しやすくなります。暗号資産特有の荒い値動きの中でも、「同じパターンが繰り返し現れているか」を検証したい人にとって、レンジバーは有効な選択肢になり得ます。
レンジバーを導入する際の実践的なステップ
最後に、投資初心者がレンジバーを実際のトレードに取り入れていく際のステップを整理しておきます。
- 1. まずはデモ口座や少額取引で、時間足チャートとレンジバーチャートを並べて表示し、動きの違いを感覚的につかむ
- 2. 自分が主にトレードしたい銘柄について、1日の平均値幅やボラティリティをざっくり把握する
- 3. そのうえで、「狙いたい値幅の3~5分の1」をレンジサイズとして仮決めし、複数パターンを並べて比較する
- 4. レンジバーに移動平均線やRSIなど、すでに使い慣れているインジケーターを重ね、シンプルなルールで売買シナリオを組み立てる
- 5. 実際のトレードに使う前に、過去チャートで「もしこのルールで売買していたらどうなっていたか」を検証してみる
レンジバーは、時間足チャートの代わりになる魔法のツールではなく、「値動きにフォーカスするための、もう一つの見方」です。時間軸で見るチャートと併用しながら、自分のトレードスタイルに合うかどうかを少しずつ確かめていくことが大切です。
値幅ベースで相場を眺める視点を一度身につけると、「今日は動きが鈍いから様子見しよう」「今はレンジが連続しているから、ブレイクだけを待とう」といった判断がしやすくなります。結果として、無駄なトレードを減らし、狙いどころを絞った売買につなげていくことができるでしょう。


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