価格チャートだけを見てエントリーとエグジットを決めると、見えないところでコストが積み上がります。暗号資産の短期売買では、オーダーブック(板情報)の読み方と注文設計が成否を大きく左右します。本稿では、板の厚み・偏り・更新の速度から、どのように「不利約定(スリッページ)」を避け、勝率と損益分布を底上げするかを、初学者にも再現できる手順で解説します。
- オーダーブックの基礎:用語と最小単位
- 板から読み取る3つのシグナル:厚み・偏り・速度
- 実例:価格5段×数量から次の1ティックを予測する
- ミクロ価格(Microprice)の直感
- 具体的な約定コスト削減:4つの注文設計
- 板薄時間帯とイベント時の注意
- 先物・永続先物:資金調達と板の相互作用
- アルゴに狙われない注文の出し方:キュー位置と露出管理
- フェイク流動性(Spoofing/Pulling)の見極め
- 始めてすぐ使える観察プロトコル(5分ルーティン)
- エントリー戦術:3つの型
- エグジット設計:不利約定を避ける手順
- 手数料・スリッページ込みの期待値設計
- チェックリスト:エントリー前の最終確認
- よくある落とし穴と回避策
- ミニ演習:自分の記録テンプレ
- まとめ
オーダーブックの基礎:用語と最小単位
取引所のオーダーブックは、買い指値(Bid)と売り指値(Ask)の集合です。最良気配の差がスプレッド、価格の刻みがティックサイズです。暗号資産は銘柄ごとにティックと最小注文数量が異なるため、まず取引所の仕様(小数点桁、最小数量、手数料体系、TIF条件)を確認します。
- Maker/Taker手数料:板に流動性を追加(Maker)すると手数料が低い/リベート、成行や既存指値へのぶつけ(Taker)は高コストになりがち。
- TIF(Time in Force):Post-Only、IOC、FOK など。Post-Onlyは必ず板に置く=Maker化しやすい。
- 最小数量:小さすぎる指値は拒否されることがある。分割発注の設計に影響。
板から読み取る3つのシグナル:厚み・偏り・速度
1) 厚み(Depth)
最良から数段の累積数量。局所的に厚みがある価格帯は一時的な「壁」になりやすい。ただし厚みはキャンセル(Pull)で消えることも多く、静的な厚みより更新の持続性を優先して観察します。
2) 偏り(Imbalance)
典型的な板偏りの指標がオーダーブック・インバランス(OBI)です。上位N段の買い数量合計をB、売り数量合計をAとすると、OBI = (B - A) / (B + A)。+1に近いほど買い優勢、-1に近いほど売り優勢。Nは3〜10段程度で十分です。
3) 速度(Update Velocity)
気配の更新頻度(リフレッシュ速度)が速いときは短期の価格発見が進行中。同方向の更新が連続する局面ではブレイクの前兆になりやすい一方、逆方向の即時反転はフェイントの可能性。
実例:価格5段×数量から次の1ティックを予測する
例:BTCUSDT 現在の最良Bidが 100,000、最良Askが 100,001、各5段の数量(単位BTC)が以下の通りとします。
| 価格 | Bid数量 | Ask数量 |
|---|---|---|
| 100,001 | — | 12 |
| 100,000 | 25 | — |
| 99,999 | 18 | — |
| 100,002 | — | 7 |
| 99,998 | 15 | — |
| 100,003 | — | 6 |
| 99,997 | 9 | — |
| 100,004 | — | 4 |
上位3段合計:B=25+18+15=58、A=12+7+6=25 → OBI= (58-25)/(58+25)=0.398 と買い優勢。さらに、買い板のリフレッシュが速い(キャンセル→即再表示)なら、次の1ティック上方向の確率が高いと判断できます。ただしAsk側12の塊が直後に薄くなる(キャンセル)と、一気にブレイクしやすくなります。
ミクロ価格(Microprice)の直感
ミクロ価格は、最良Bid/Askに並ぶ数量の偏りを考慮して、次にミッドがどちらへ動きやすいかを示す概念です。簡易的には、Microprice = (Ask × BidSize + Bid × AskSize) / (BidSize + AskSize)。Ask側の数量が小さいほど、ミクロ価格はAskに寄る(=上方向に動きやすい)と解釈します。
具体的な約定コスト削減:4つの注文設計
1) スプレッド内の指値(Inside Quote)
最良Bid=100,000、最良Ask=100,001のとき、100,000.5に半ティックで指値が許されない仕様なら、100,001で最小数量の指値を先に置いてキュー先頭を取る戦術が有効です。許容できる待ち時間を決め、一定秒数で未約定ならキャンセル→再配置を繰り返します。
2) 分割+階段発注(Laddering)
目標数量1BTCを、0.2BTC×5本に分割し、厚みの手前と厚みの裏に階段配置。厚みの裏は吸収→反転を想定したリスク限定の拾い方。厚みが消える速度が速い場合は、裏の枚数を減らします。
3) Post-OnlyとReduce-Onlyの使い分け
エントリーはPost-Onlyで手数料を抑え、損切り・利確はReduce-Onlyでポジション超過を防止。特に永続先物では、決済成行で板が薄い時間帯(週明け早朝など)にぶつけると、スリッページが拡大します。
4) 逆指値の配置と「踏み上げ」回避
逆指値を厚み直後に置くと狩られやすい。厚み+数ティック外側にずらすか、トレーリング・ストップで「追う損切り」を検討します。反面、トレーリングは高速な乱高下で約定位置が悪化するため、ボラティリティ閾値でON/OFFを切り替えます。
板薄時間帯とイベント時の注意
暗号資産は24/7ですが、板が薄くなる時間帯(日本時間の早朝や週末)が存在します。主要イベント(マクロ指標、半減期、ハードフォーク、アップグレード、取引所障害)前後は、見かけの厚みがキャンセルで蒸発しやすく、スプレッド拡大+約定悪化が起こりがちです。イベント直後は成行より、最小数量のトライアル成行→板の吸収確認→本発注が安全です。
先物・永続先物:資金調達と板の相互作用
永続先物の資金調達(Funding)がプラスに偏ると、買い建てが増え、先物板のBid厚・Ask薄が目立つことがあります。スポットと先物の板を同時監視し、先物だけが先行するなら裁定(買い現物+先物売り)を検討。逆に現物の厚みが先に消えるときは、短期の上方向ブレイクを想定して追撃の成行規模を縮小します。
アルゴに狙われない注文の出し方:キュー位置と露出管理
同値の注文は先着順で約定します。キュー先頭を取るには、気配が動いた直後に素早く差し替えるか、目立たない数量で先に置いておくのが有効です。大量注文は分割して、露出量(Visible)と隠れ量(Iceberg)を使い分けられる取引所なら、露出を抑えると不利な先回りを受けにくくなります。
フェイク流動性(Spoofing/Pulling)の見極め
暗号資産市場では、見せ玉(大きな厚みを出して即キャンセル)がしばしば観測されます。判別点は、約定履歴に伴うか、数秒以上残存するか、複数価格帯で連動するか。厚みが同時に3〜4段で出現して同時に消えるときは注意。フェイクを踏み台にしたブレイク狙いは、必ず最小数量の試し玉で挙動を確認してから本玉を入れます。
始めてすぐ使える観察プロトコル(5分ルーティン)
- 最良Bid/Askの数量とスプレッドを記録(例:100,000/100,001、Bid=25、Ask=12、Spread=1)。
- 上位3段のOBIを計算(しきい値 ±0.25)。
- 過去30秒の更新回数を数える(Update/30s >= 40なら「速い」)。
- 約定履歴で同方向の連続成行があるか確認。
- 入るなら「分割・Post-Only、待ち時間15〜30秒」でキュー先頭を狙う。未約定はキャンセル。
エントリー戦術:3つの型
A) ブレイク・フォロー(Taker寄り)
条件:スプレッド拡大なし、OBI>0.25、更新速度が速く、直近の厚みが吸収された直後。行動:最小成行→板の吸収を確認→残枚は指値追随。失敗条件:即座の逆回転、厚みの再出現(Pull→即Push)。
B) リバウンド拾い(Maker寄り)
条件:厚み裏での反転が多い銘柄、イベント不在。行動:厚みの手前と裏に分割指値。撤退:厚みが消えたら即キャンセル。
C) レンジ・スキャルピング
条件:更新速度は遅〜中、スプレッドが安定。行動:Insideに薄く置く→約定したら数ティックで逃げる。手数料差引の損益期待を必ず試算します。
エグジット設計:不利約定を避ける手順
利確は板の薄い側に置くと待ち時間が短く、損切りは厚みの裏に置くと狩られにくい。損切りの逆指値は厚み直後ではなく、直後+数ティックにオフセット。Reduce-Onlyを必ず設定し、約定後の反転に成行で追撃しないルールを徹底します。
手数料・スリッページ込みの期待値設計
例:1トレードで平均+2ティック、損切り-3ティック、勝率55%、1ティック=10円、数量=5。Maker比率70%、手数料はMaker 0.02%、Taker 0.06%。
期待値(円)= 勝ち(+2×10×5)×0.55 − 負け(3×10×5)×0.45 − 手数料(約定代金×料率)。
Maker中心で成約すれば、同じ勝率でも純利益が顕著に改善します。必ず日次で集計し、Maker比率・平均スリッページをモニタリングしてください。
チェックリスト:エントリー前の最終確認
- ティックサイズ・最小数量・手数料・TIFを把握したか。
- スプレッドは狭いか(イベント直前で広がっていないか)。
- OBIがしきい値を超えるか、厚みの消失が起きたか。
- 更新速度は速いか、フェイク厚みの連動出現はないか。
- 分割発注・Post-Only・待機時間のルールを設定したか。
- 損切りは厚み直後+数ティック、Reduce-Onlyを設定したか。
よくある落とし穴と回避策
落とし穴1:板の厚み=堅い支持と信じ込む。→ キャンセル速度を見よ。消える厚みは支持にならない。
落とし穴2:成行の多用。→ Maker化と分割でコストを下げる。
落とし穴3:イベント直前の逆指値密集。→ オフセット+トレーリングの併用で狩られにくく。
ミニ演習:自分の記録テンプレ
以下をGoogleスプレッドシート等に用意し、10トレード分だけでも記録して差を確認してください。
- 時刻、銘柄、スプレッド、最良Bid/Ask数量、OBI(3段)、更新回数/30s
- エントリー方法(A/B/C)、Maker比率、平均スリッページ(ティック)
- 損益(ティック/円)、イベント有無、学び
まとめ
板情報は単なる気配の一覧ではなく、短期の期待値を直接左右する情報の塊です。厚み・偏り・速度という3点を軸に、手数料とスリッページを含めた注文設計を反復すれば、同じシグナルでも結果の分布が変わります。まずは分割・Post-Only・待機時間という低リスクの改善から着手し、記録と検証で自分の最適解を更新してください。


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