DCAを進化させる——ボラティリティ連動『リスク平準化つみたて』の設計と運用

取引手法

「毎月決まった金額を買う」——ドルコスト平均法(DCA)はシンプルで強力です。ただし、そのまま運用すると“毎月のリスク”は一定ではありません。市場が荒れている月(ボラティリティが高い月)は、同じ金額でも実質的に大きな値動きリスクを取っています。逆に静かな月はリスクを取り切れていません。本稿は、DCAをボラティリティ連動で拡張し、リスク平準化つみたて(Risk‑Budgeted DCA)として実装するための、設計指針・数式・具体手順・運用ルールをまとめます。初心者でも導入できるよう、Excel/Googleスプレッドシートで再現可能なテンプレまで用意します。

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なぜ「金額一定」ではなく「リスク一定」なのか

DCAは価格が高い時は少なく、安い時は多く買えるという平均取得単価の安定化メリットがあります。しかし同一金額 = 同一リスクではありません。月間ボラティリティ(例:年率換算の過去20営業日標準偏差)が高い局面では、同じ10万円でもポートフォリオ全体に与える“揺れ(リスク)”が大きくなります。投資家が本当にコントロールしたいのは取るリスク量であり、金額ではありません。

リスクを一定に保つ発想は機関投資家の「ボラティリティ・ターゲティング」「リスク・パリティ」などで一般的です。これを個人の積立に落としこむのが本稿のテーマです。

コンセプト:リスク平準化つみたて(Risk‑Budgeted DCA)

毎月の積立で「今月どれだけ買うか」を、直近のボラティリティに応じて調整します。荒れている月は控えめに、落ち着いた月は多めに買い、毎月の想定リスク(リスク・バジェット)を一定に保つイメージです。

実装はシンプルです。ターゲットとする月次リスク(年率換算の標準偏差)を σ_target、直近の推定リスクを σ_est とすると、基本の調整係数は

調整係数 k = σ_target / σ_est

です。これを毎月の「基準積立額」に掛けます。ただし、過剰な上下振れを防ぐために k に上下限(例:0.5〜1.5)を設けます。また、最低購入単位や約定単価の都合があるETF/投信では端数処理が必要です。

対象資産と前提

  • 対象:インデックスETF(例:国内株式、先進国株式、新興国株式、国内債券、グローバル債券、REIT)や投資信託。
  • データ:終値の時系列(少なくとも過去60営業日)。
  • ボラティリティ推定:ローリング20営業日(約1カ月)の日次リターン標準偏差を年率換算(×√252)。
  • 再投資:配当・分配金は再投資する前提。

数式とExcel/スプレッドシート実装

1) 日次リターン

r_t = ln(P_t / P_{t-1})

Excel: =LN(CLOSE_today / CLOSE_yesterday)

2) 直近20日の年率ボラティリティ

σ_est = STDEV.P(r_{t-19}...r_t) × SQRT(252)

Excel: =STDEV.P(range_last_20) * SQRT(252)

3) 月次ターゲットの決め方

例えば、長期で許容できる年率リスクを 12% と置くと、月次の想定は 12% / √12 ≈ 3.46% 相当。実務では年率で直接管理して問題ありません。

4) 調整係数と上下限

k_raw = σ_target / σ_est
k = MIN(MAX(k_raw, k_min), k_max)   例:k_min=0.5, k_max=1.5

Excel: =MIN(MAX(target_sigma / est_sigma, 0.5), 1.5)

5) 今月の購入金額

BuyAmount_t = BaseContribution × k

端数調整(ETFの最小売買単位1口の場合):

Units = ROUNDDOWN(BuyAmount_t / Price_t, 0)
ActualBuy = Units × Price_t

単一資産での具体例

前提:

  • 基準積立額 = 50,000円/月
  • σ_target(年率)= 12%
  • kの上下限 = 0.6〜1.4

直近の推定ボラティリティが 18% のとき、k_raw = 12%/18% = 0.67k = 0.67(下限内)。今月の買付は 50,000 × 0.67 = 33,500円。逆に、直近ボラが 8% のとき k_raw = 1.5 → 上限で k = 1.450,000 × 1.4 = 70,000円 を購入。

こうして「荒れた月は控えめ、穏やかな月は厚め」に配分し、長期でリスクのブレを抑えます。

複数資産版(株式×債券×REITなど)

複数資産では、各資産のリスク寄与が均等になるよう、k_i = σ_target_i / σ_est_i を使い、さらに相関を加味します。初心者はまず「各資産のボラに反比例して配分」を目安にし、半年ごとに相関を点検する設計で十分です。

希望ウェイト w_i^* ∝ 1 / σ_est_i
w_i = w_i^* / Σ w_i^*

毎月の総積立額に対して w_i を掛け、その上で資産ごとの k_i で微調整すると実務上扱いやすくなります。

キャッシュ・バッファとドローダウン耐性

リスク連動では「荒い月に買付を絞る」ため、使わなかった現金が手元に残る月が発生します。これをキャッシュ・バッファとして管理し、静かな月に厚く買う原資にします。目安は総資産の 5〜15%。

長期の下落局面では σ_est が上がり続けて買付が抑制され、結果としてキャッシュが増える = 弾が残る設計になります。心理的な耐性にも寄与します。

実運用ルール(テンプレ)

  1. 毎月の基準積立額(例:5万円)と上限/下限(例:0.6〜1.4)を決める。
  2. 対象ETF/投信の終値を取り込み、直近20営業日の年率ボラ σ_est を更新。
  3. ターゲット σ_target を固定(例:12%)。k = MIN(MAX(σ_target/σ_est, 0.6), 1.4) を計算。
  4. 今月の買付金額 Base × k を求め、最小売買単位に丸める。
  5. 端数はキャッシュ・バッファに戻す。使わなかったキャッシュの累計を管理する。
  6. 四半期ごとに k_min/k_maxσ_target を見直す(生活の収支や市場環境の変化を反映)。
  7. 年1回、トラッキング(計画通りにシミュレーションできているか)を実施。

よくある質問と対処

Q1: 直近のボラが極端に跳ね上がると、ほとんど買えません。

A: 上下限の帯(例:0.7〜1.3)を狭める、σ_est を20日→40日に伸ばして過度な反応を抑える、σ_est を指数加重移動標準偏差(EWMA)にする、などで滑らかにできます。

Q2: ボラが低い月に買いすぎるのが不安です。

A: 上限係数を抑える(例:1.2)、月内で2回に分割して約定する、価格トレンド(200日線の上/下)で上限を切り替えるなどの合成ルールでリスクを統制できます。

Q3: 手数料や為替コストの影響は?

A: 少額を高頻度で回すとコスト比率が上がります。月1回約定、または一定の買付金額しきい値(例:3万円以上で執行)を設定すると最適化できます。

Q4: 長期の右肩上がり相場では、単純DCAより劣る?

A: 一部の局面ではそうなり得ます。目的は“月次リスクの平準化”であり、相場の方向を当てることではありません。長期の下落局面や荒れ相場でのドローダウン抑制、心理的な継続性向上に価値があります。

拡張:2階建て設計(コア×サテライト)

コア(例:全世界株インデックス)でリスク平準化DCAを実施しつつ、サテライト(例:テーマ型ETFやREIT)で少額の裁量を許容する設計です。サテライトにも簡易の k を適用すれば過度な偏りを防げます。

ミニ・バックテスト(紙上検証のやり方)

  1. 対象ETFの過去価格を取得(終値ベース)。
  2. 月末に σ_est を更新、k を計算、買付金額/口数を決定。
  3. 累積口数と評価額、キャッシュ・バッファの推移を記録。
  4. 比較対象として「単純DCA(月5万円固定)」も同条件で集計。
  5. 期間トータルの最大ドローダウン、月次標準偏差、年率リターンを比較。

実データで再現できるようシート関数は本文に記載の通りです。最初は5年程度の期間で挙動を確認すると理解が早まります。

落とし穴とチェックリスト

  • 上下限が広すぎる → 売買金額の振れ幅が大きくなり、行動の継続性が低下。
  • 推定窓(20日など)が短すぎる → ノイズに反応しすぎる。
  • 複数資産で相関を無視 → 一見バランスしていても、相場局面次第で実質リスクが偏る。
  • 最小売買単位の端数放置 → 設計どおりのリスク・バジェットから逸脱。
  • キャッシュ・バッファ未管理 → 積立額の変動に耐えられなくなる。

テンプレ(コピペ用・月次ワークフロー)

1) 価格更新 → r_t, σ_est 更新
2) k = CLIP(σ_target/σ_est, k_min, k_max)
3) 今月の買付金額 = Base × k
4) 口数 = ROUNDDOWN(金額 / 価格, 0)
5) 余り = 金額 - 口数×価格 → キャッシュ
6) ログ記録(買付、キャッシュ、累積口数、評価額)
7) 四半期レビュー(パラメータ見直し)

まとめ

リスク平準化つみたては、DCAの弱点(リスクの月次ブレ)を補い、下落局面での耐性と継続性を高めます。数式は簡単、実装はシートで十分。大切なのは、上下限・推定窓・キャッシュ管理の3点を自分の生活と性格に合わせて設計することです。今日から「金額一定」ではなく「リスク一定」の積立へ。無理なく、ぶれずに、長く続けましょう。

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