株式やFX、暗号資産のチャートを眺めていると、価格が「行ったり来たり」しながら少しずつ動いていきます。この裏側には、常に売りと買いの注文を提示して市場に流動性を供給している「マーケットメイカー」の存在があります。マーケットメイクの仕組みを理解すると、なぜスプレッドが広がるのか、なぜ自分の注文だけ約定しなかったのかといった疑問がクリアになり、より有利な価格で売買しやすくなります。
マーケットメイクとは何か
マーケットメイクとは、ある銘柄について「買い気配(ビッド)」と「売り気配(アスク)」を常に提示し続けることで、市場に流動性を提供する行為のことです。マーケットメイカーは、ビッドで買ってアスクで売ることでスプレッドを収益源としつつ、在庫(ポジション)のリスクを管理しながら取引を続けます。
例えば、ある株が「買い1000円 × 売り1001円」と表示されているとします。この1000円と1001円の両方に注文を出しているのがマーケットメイカーであり、1001円で売って1000円で買い戻せれば、1円の差額が利益になります。もちろん、市場価格が一方向に動けば在庫が偏り、損失が出るリスクも抱えます。
なぜ個人投資家にとってマーケットメイクが重要か
個人投資家にとって、マーケットメイクは「見えない取引コスト」として直接影響します。売買手数料が無料でも、スプレッドが広ければ実質的なコストは高くなりますし、板が薄い銘柄では、少し大きな成行注文を出しただけで価格が大きく滑ることがあります。
マーケットメイクを理解していないと、「なぜこんなに不利な価格で約定したのか」「なぜ自分の指値だけ刺さらなかったのか」といった疑問に悩まされ続けます。逆に、マーケットメイクの視点を持てば、「どの価格帯に注文を置けば通りやすいか」「どの時間帯にスプレッドが広がりやすいか」といった感覚が磨かれ、取引の質が一段階上がります。
板情報とスプレッドの基本構造
マーケットメイクを理解するうえで、まず「板情報」と「スプレッド」の構造を押さえる必要があります。板とは、各価格帯ごとの買い注文・売り注文の数量の一覧です。個人投資家の指値注文も、マーケットメイカーの注文も、すべて同じ板の上に並びます。
ビッド・アスクとスプレッド
最も高い買い注文が「最良ビッド」、最も低い売り注文が「最良アスク」です。この2つの差がスプレッドです。流動性が高い銘柄はスプレッドが狭く、流動性が低い銘柄はスプレッドが広くなりがちです。マーケットメイカーは、通常この最良ビッドと最良アスク近辺に注文を並べ、スプレッドを取りにいきます。
出来高と約定の流れ
新しく入った成行注文や、板を跨いで約定する指値注文が、既存の板を「食いに行く」ことで出来高が発生します。マーケットメイカーは、自分のビッド・アスクが約定されるたびに在庫が増減するため、その都度ポジションの偏りを抑えるように価格を調整したり、ヘッジ取引を行ったりします。
マーケットメイカーの基本的な考え方
プロのマーケットメイカーは高度なシステムとアルゴリズムを使っていますが、考え方はシンプルです。基本は次の3点に集約されます。
第一に、「常に両サイドに価格を出す」ことです。買いと売りの両方に注文を出すことで、市場参加者がいつでも取引できる状態を作り、その見返りとしてスプレッドを受け取ります。
第二に、「在庫リスクを管理する」ことです。買いばかり約定すれば在庫が増え、価格が下落すると含み損になります。そこで、在庫が増えた側の価格を不利にして約定しにくくしたり、反対売買でヘッジしたりして、ポジションが一方向に偏りすぎないように調整します。
第三に、「ボラティリティに応じてスプレッドを調整する」ことです。価格変動が激しいと、一瞬で逆方向に動いてスプレッド以上の損が出るリスクが高まります。そのため、ボラティリティが高い局面ではスプレッドを広げ、リスクに見合うリワードを確保しようとします。
ボラティリティとスプレッドの関係
値動きが激しいときにスプレッドが急に広がるのは、マーケットメイカーがリスクを意識しているサインです。突発的なニュースや指標発表前後は、価格が一方向に飛びやすく、マーケットメイカーは在庫を持ちたがりません。その結果、ビッドを下げる・アスクを上げるなどして「危険なゾーンではあまり約定したくない」という意思表示を行います。
個人投資家がこのタイミングで成行注文を多用すると、想定よりもかなり不利な価格で約定することがあります。特にFXや暗号資産のように24時間動く市場では、流動性が薄い時間帯とニュース直後の動きには注意が必要です。
個人投資家が意識すべき実務的ポイント
マーケットメイクの仕組みを踏まえたうえで、個人投資家がすぐに実践できるポイントを整理します。
第一に、「薄い板での成行注文は避ける」ことです。板がスカスカな銘柄で大きめの成行注文を出すと、マーケットメイカーの提示価格を一気に食い破り、本来の理論価格から大きくかけ離れたところで約定してしまう危険があります。必ず板の厚みを確認し、必要に応じて注文量を分割したり、指値で出すことを検討します。
第二に、「スプレッドが広がっている時間帯を把握する」ことです。オープン直後や引け直前、重要指標の前後は、マーケットメイカーがリスクを取りたがらずスプレッドが広がりやすくなります。この時間帯は極力取引を控えるか、どうしても入る場合でも指値で慎重に価格を選ぶべきです。
第三に、「自分も小さな流動性提供者になれる場面を探す」ことです。常に成行で飛びつくのではなく、現在値からわずかに有利な価格に指値を置いて待つことで、結果的にスプレッドの一部を自分の側に引き寄せることができます。
個人でもできる簡易マーケットメイク的トレードの考え方
本格的なマーケットメイクはインフラや資本力が必要ですが、個人投資家でも、限定的な条件下で「ミニマーケットメイク」のような発想を取り入れることができます。ポイントは「狭いレンジでの往復」と「リスクの徹底管理」です。
例えば、ある暗号資産ペアが1時間ほどのあいだ、ほぼ同じレンジ内で上下しているとします。価格がレンジ下限付近に近づいたら小さめの買い指値を出し、レンジ上限付近で小さめの売り指値を出すことで、細かいスプレッドと値幅を取りにいく、というイメージです。
しかし、この手法には大きなリスクもあります。レンジをブレイクして一方向に走った場合、在庫が偏ったまま逆行を食らい、短時間で含み損が膨らむ可能性があります。そのため、事前に「ここを抜けたら機械的に損切りする」という価格を決めておき、逆指値注文やアラートで対応することが重要です。
具体例1:板が薄い国内株での失敗パターン
ある個人投資家が、出来高の少ない中小型株を成行で10万株買おうとしました。板を見ると最良売りは500円で1万株、その上には501円で1万株、502円で1万株……と続いています。この状態で10万株の成行買いを出すと、500円から徐々に板を食いに行き、結果的に平均約定価格が510円近くになることがあります。
一方、この銘柄にマーケットメイカー的な参加者がいれば、500円〜503円あたりにこまめに売り板を補充し、急激な価格の飛びを抑えつつスプレッドを収益化しているかもしれません。個人投資家がこの構造を理解していれば、いきなり10万株成行を出すのではなく、板を観察しながら数量を分割する、あるいは指値で段階的に仕込むといった工夫ができたはずです。
具体例2:FXのマーケットメイクとスプレッドの読み方
FXでは、多くのブローカーが自ら、あるいは提携するリクイディティプロバイダーを通じてマーケットメイクを行っています。USD/JPYのスプレッドが通常は「0.2銭〜0.3銭」なのに、指標前後に突然「1.0銭」以上に広がることがあります。このとき、マーケットメイカーは「どちらかに大きく跳ぶリスクが高い」と判断し、在庫を持つことを嫌ってビッドを引き下げたり、アスクを引き上げたりしています。
個人投資家がこのタイミングで成行エントリーを繰り返すと、スプレッドの拡大分だけでマイナススタートが大きくなります。指標前後は一旦静観し、スプレッドが普段の水準に戻ってから慎重にエントリーするだけでも、長期的な成績は大きく変わります。
具体例3:暗号資産取引所での板読みと簡易マーケットメイク
暗号資産取引所では、板と出来高がリアルタイムで表示されており、個人投資家でもマーケットメイクに近い発想を試すことができます。例えば、ある取引所のBTC/USDTペアで、価格が30,000〜30,100USDTの狭いレンジを行き来しているとします。
このとき、30,010USDTに小さな買い指値、30,090USDTに小さな売り指値を置いておくと、レンジ内での往復によって何度か約定し、スプレッドと小さな値幅を積み重ねられるかもしれません。ただし、30,000USDTを明確に割り込んだら一気に下落トレンドに入る、といったシナリオを想定し、あらかじめ損切りラインに逆指値注文を置いておくことが不可欠です。
マーケットメイクと他の取引戦略の組み合わせ
マーケットメイク的な発想は、スキャルピングやデイトレードと相性が良いです。ごく短い時間軸で小さな値幅を何度も取りにいくトレードでは、スプレッドが取引結果に与える影響が大きくなります。自分が常にスプレッドを支払う側なのか、一部でもスプレッドを受け取る側になれるのかを意識するだけで、エントリーの質は変わります。
また、ポジショントレードやスイングトレードでも、エントリーとイグジットのタイミングで「どの時間帯ならスプレッドが狭いか」「どの市場(取引所・ブローカー)がもっとも流動性が厚いか」を意識することで、中長期のリスクリワードを改善できます。
リスク管理と注意点
マーケットメイク的な取引では、「たくさん約定しているから安心」という錯覚が危険です。レンジ相場では利益が積み上がっても、ブレイク一発で過去の利益をすべて吹き飛ばすリスクがあります。必ず「一度の想定外の動きで、どれくらいの損失が出る可能性があるか」を見積もり、口座全体に対して許容できるロットに抑えることが重要です。
また、スプレッドの狭さだけを追い求めて、リスク管理や約定品質が不透明な取引環境を選ぶのも危険です。約定拒否や急激なスプレッド拡大、過剰なスリッページなど、見えにくいリスクも存在します。手数料・スプレッドだけでなく、透明性や約定の安定性も含めて総合的に判断することが大切です。
まとめ:マーケットメイクの視点を持つことが「見えないコスト」を減らす
マーケットメイクは、一見すると個人投資家から遠い専門的な世界のように感じられますが、実際にはすべての取引の裏側で常に動いている仕組みです。スプレッドがどのように決まり、どんなときに広がり、どのように在庫リスクが管理されているのかを理解すると、「なぜこの価格で約定したのか」「なぜ今この銘柄は取引しにくいのか」が見えるようになります。
日々のトレードで、板の厚み・スプレッド・時間帯・ボラティリティを意識し、自分が常にコストを払う側になっていないかを確認してください。少しずつでも「マーケットメイカーの視点」を取り入れることで、長期的には見えないコストを削減し、同じ勝率でも残る利益を増やしていくことができます。


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