本稿では、仮想通貨の短期売買において「板情報(オーダーブック)」と「出来高」を軸に、エッジを数値化して機械的に意思決定する方法を解説します。価格チャートだけでは見えない流動性の偏り・スプレッドの変化・成行約定の勢いを捉えることで、エントリーの精度とエグジットの一貫性を高めます。用語は平易に、ルールは明文化し、再現可能な運用フローに落とし込みます。
なぜ「板情報」が効くのか
ローソク足は「結果」、板情報は「直前の意図」を写します。板は、未約定の指値の集合(買い板/売り板の厚みと価格階層)であり、そこに成行注文がぶつかることで価格が動きます。スプレッド(最良売値−最良買値)、板厚(各ティックの数量)、不均衡(Bid/Askの偏り)、成行の約定フロー(Tape)の4点を同時に観察すると、短期の方向性と失速点が読めます。特に出来高が薄いアルトは、板の薄さ・撤退の速さがダイレクトに価格へ伝搬します。
観測する5指標と基礎式
1. スプレッド
定義:Spread = Ask0 - Bid0。安定相場では縮小、変化点では一時的に拡大します。手数料込みの実質スプレッド(Taker手数料+滑り)で勝率を評価します。
2. 板厚(Depth)
定義:最良気配から±nティックの合計数量。例:DepthBid(n=10), DepthAsk(n=10)。厚みの偏りは一時的なサポレジ候補。
3. 不均衡(Imbalance)
式:Imb = (DepthBid - DepthAsk) / (DepthBid + DepthAsk)。+1に近いほど買い優位、-1に近いほど売り優位。
4. 約定フロー(Aggressor)
一定窓(例:30秒)での成行買い/成行売り数量差。AF = MarketBuyVol - MarketSellVol。価格より先に転換の兆を出すことが多い。
5. 出来高加速(ΔVol)
短窓と長窓の出来高比。ΔVol = Vol(30s) / Vol(5m)。1を大きく超えると「動き始め」の可能性。
取引所・銘柄・ツールのセットアップ
(1)取引所の選定:手数料, スプレッド, 板の深さ, 約定品質を総合評価します。板が薄い所はテイカー主体の逆張りが難しく、メーカーの順張りブレイク向き。
(2)銘柄の選定:BTC/ETHは板が厚くスリッページが小、アルトは歪みが大きい反面、フェイルファスト(撤退の速さ)が重要になります。
(3)可視化:板ヒートマップ(価格×時間×流動性)、テープ(成行約定ログ)、DOM(深さ)を同時表示。
(4)注文設定:Post-Only(メーカー約定保証)、Reduce-Only(ポジ縮小のみ)、IOC/FOkの挙動を把握し、誤発注を抑制します。
戦略A:スプレッド回収型テイカー逆張り
狙い:一時的なスプレッド拡大と板の空洞化で行き過ぎた価格を逆張りで回収。
条件:Spread拡大 & Imb極端(±0.6以上) & AFの反転兆し。
エントリー:急拡大後、Spreadが半分に戻る瞬間に逆張り成行(小サイズ)。
利確:最良気配の反対側にタッチしたら成行クローズ、または固定ティック(例:+3〜+5ティック)。
損切り:直近ラストスイングの外側(例:-5〜-8ティック)またはΔVolが再加速。
ミニ例:Bid0=100, Ask0=101 → ニュースでAsk0=103へ拡大、すぐ102へ収縮。Imb=-0.7→-0.2、AFが買い転換。101.9で買い、102.3で利確、100.7割れで損切り。
戦略B:メーカー順張りブレイク(Queue優位活用)
狙い:ヒートマップで薄い天井/床を背に、AF連続での抜けを事前に板に置いて取りに行く。
条件:Imbが同方向に0.3以上で維持、ΔVol>1.2、近接ティックの反対側が薄い。
エントリー:ブレイク価格の1ティック内側にPost-Onlyで置き、Queue(順番)を確保。
利確:抜け後+5〜+8ティックで部分利確、残りはトレイリング。
損切り:建値−3〜−4ティックの固定、またはAF反転。
Queue優位は極めて重要です。同値に多数が並ぶ局面では、先に並んだ指値ほど約定しやすいため、早い段階から待機する方が期待値が高まります。
戦略C:ニュース・スパイクの流動性狩り回避
イベント直後はスプーフィング(見せ板)やワンティック抜けのフェイクが頻発。①Spread急拡大、②Imb極端、③AF過熱の三拍子で飛び乗ると高確率で反転を被弾します。ルール:初動の30〜60秒は様子見、二度目のΔVolピークで方向確定してから参加。損切り幅は通常の1.5倍に縮め、サイズも半分に。
実践プロトコル(チェックリスト)
- (準備)ウォッチ銘柄の板深さ・通常スプレッドをメモ(平常値を知らないと異常を検知できない)。
- (観測)Spread, Imb, AF, ΔVolを30秒ごとに記録。閾値(例:Imb>|0.3|, ΔVol>1.2)を明確化。
- (執行)テイカーは許容スリッページをティック数で固定。メーカーはPost-Only+Queue確保。
- (退出)固定ティック+トレイリングのハイブリッド。ニュース時は利確を速く。
- (検証)勝率、平均損益、期待値、最大連敗、実効スプレッド(手数料+滑り)を週次で点検。
数値で見るエッジの作り方
実効スプレッド(ES):ES = (平均滑り × 2) + 手数料往復。
期待値(EV/Trade):EV = 勝率×平均勝ち幅 − (1−勝率)×平均負け幅 − ES。
目標:EV>0であること。板優位(Imb, AF)を条件化することで、勝率か勝ち幅のいずれかを押し上げます。
ケーススタディ:15分で3トレード(BTCUSDT)
09:00:00 Spread=0.5, Imb=+0.35, AF=+120BTC/30s, ΔVol=1.4。上方向のブレイク待機。
09:02:15 抜け候補の上1ティック内側にPost-Onlyで買い指値→Queue確保。
09:03:10 ブレイク約定(Trade1)。+6ティックで半利確、残りトレーリングで+4ティック。
09:06:40 急な売り成行でSpread拡大、Imb=-0.65→-0.2、AF反転。逆張りのテイカー買い(Trade2)→+3ティックで即利確。
09:11:00 ニュースでΔVol=2.3、初動は見送り。二度目のピークで順張りテイカー売り(Trade3)→-4ティックで損切り。
合算:+6+4+3-4=+9ティック(手数料・滑り控除前)。
リスク管理(これだけは守る)
- 一回の損失上限:口座残高の0.5〜1.0%に固定(ティックとサイズで統制)。
- 連敗ストップ:3連敗で休憩、ヒートマップの偏りが戻るまで取引停止。
- イベント回避:経済指標や取引所メンテは原則ノートレード。やるならサイズ半減。
- 相関リスク:アルトはBTCの急変で同方向に吸い込まれる。BTCのAFが反転したら全アルトのロングを軽くする。
- 流動性に見合うサイズ:Depthの1〜2%以内にサイズを抑えて滑りを限定。
自動化の入口:簡易ルールの擬似コード
// 観測窓=30秒
if (Spread <= 平常×0.8 && Imb >= 0.3 && ΔVol > 1.2 && AF > 0) {
// 戦略B:メーカー順張り
place_limit_buy_post_only(ブレイク価格-1ティック);
set_tp(+6ティック, 部分利確50%);
set_sl(-4ティック);
} else if (Spread >= 平常×1.5 && abs(Imb) >= 0.6 && AFが反転兆候) {
// 戦略A:テイカー逆張り
market_entry(反転方向, 小サイズ);
set_tp(+3〜+5ティック);
set_sl(-5〜-8ティック);
}
よくある落とし穴と回避策
- 見せ板(Spoofing):巨大な板厚が一瞬で消える。AFとセットで確認、AFが伴わない板厚は信用しない。
- フェイクブレイク:1〜2ティック抜けで反転。ΔVolが伴わない抜けは見送り、またはサイズ縮小。
- レイテンシ:約定ログ遅延でAFが後追いに。取引所のWebSocketを優先、混雑時は手動に切り替え。
- 手数料逆転:テイカー多用でEVがマイナス。メーカー比率を週次で点検。
1週間トレーニングメニュー(KPI付き)
(月)平常時のSpread・Depthを各銘柄で記録。
(火)ImbとAFの閾値を銘柄別に最適化。
(水)戦略Aのみ実行、(木)戦略Bのみ実行。
(金)ミックス運用、手数料控除後のEVを算出。
KPI:勝率、平均損益、期待値EV、実効スプレッド、最大連敗。
まとめ
板情報と出来高は、短期売買の「現場」を可視化します。Spread・Imb・AF・ΔVolという少数指標に絞り、固定ティックの損益+トレイリングで機械的に実行すれば、裁量の揺らぎを減らし一貫した成績に近づけます。まずはサイズを落として、1週間の検証サイクルを回してください。


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