トレードでいちばん難しいのは「どこで売るか」という出口の判断です。エントリーのタイミングばかり気にしていると、含み益を伸ばせずに早売りしてしまったり、逆に損切りが遅れて大きな損失を出してしまったりします。そこで役に立つのが、値動きに合わせて自動的に損切りラインを切り上げていく「トレーリングストップ」です。
トレーリングストップは、株でもFXでも暗号資産でも使える汎用的な仕組みです。一度ルールを決めてしまえば、感情に振り回されにくくなり、「小さな損・大きな利」を狙いやすくなります。本記事では、投資初心者の方にも分かりやすいように、トレーリングストップの考え方から具体的な設定例、よくある失敗パターンまで、順番に詳しく解説します。
トレーリングストップとは何か
トレーリングストップ(trailing stop)とは、相場が自分の有利な方向へ進んだときに、損切りラインを一定の幅だけ追随(トレイル)させていく注文・ルールのことです。最初に決めたストップ(損切りライン)を「絶対に後ろには動かさない」という前提で、価格が有利に動くたびに少しずつストップ位置を引き上げていきます。
イメージとしては、価格の後ろを一定距離を空けてついていく「安全ネット」です。ネットの距離をどのくらいにするか(=トレーリング幅)によって、損切りの頻度や利益の伸び方が変わります。
ロング(買い)ポジションの場合は、価格が上がればストップも上に追随し、価格が下がってストップに触れたところで自動的に決済されます。ショート(売り)ポジションの場合はこの逆で、価格が下がればストップが下に追随し、価格が上がってストップに触れたら決済されます。
固定ストップとトレーリングストップの違い
通常の固定ストップでは、「エントリーから◯%下に損切りラインを置いたら、決済するまで動かさない」という使い方をします。これは損失を限定するという意味では十分に有効ですが、利益が出ているときもストップが変わらないため、含み益が一気にゼロになってしまうことがあります。
トレーリングストップでは、価格が有利に動いた分だけストップを切り上げていくため、含み益の一部を確実にロックしながら、さらに上値を追うことができます。相場が伸びれば伸びるほど、損切りラインも上がっていき、最終的には「損切りラインなのに実質は利確ライン」という状態になります。
簡単に言えば、固定ストップは「負け方を決める仕組み」、トレーリングストップは「負け方を決めつつ、勝ち方もある程度自動化する仕組み」です。
具体例でイメージする:株式のトレーリングストップ
例1:1000円の株を保有した場合
ある成長株を1000円で100株購入したとします。最初の損切りラインを「購入価格から−5%」の950円と決めました。ここではトレーリング幅も同じ5%とします。
このときの動きをステップごとに追うと、次のようになります。
① エントリー時:株価1000円、初期ストップ950円(損失許容は1株あたり50円)
② 株価が1100円に上昇:株価は+10%上がりました。トレーリング幅5%であれば、新しいストップは「1100円 ×(1 − 0.05)=1045円」となります。最初のストップ950円よりも上なので、ストップを950円→1045円に引き上げます。
③ 株価が1200円まで上昇:同様に、「1200円 ×(1 − 0.05)=1140円」が新しいストップ候補です。いまのストップ1045円より上なので、1045円→1140円に引き上げます。
④ その後、株価が急落して1140円を割り込む:ストップにヒットしたところで自動的に決済されます。約定価格を1140円とすると、1株あたり140円の利益が確定します。もしトレーリングストップを使わず、固定ストップ950円のままだったら、含み益をほとんど守れずに終わっていたかもしれません。
このように、トレーリングストップは「思ったよりも伸びたトレンド」を逃さないための仕組みとして非常に有効です。
FXでのトレーリングストップ活用例
例2:USD/JPYを150.00でロング
FXではpips(ピップス)単位でトレーリング幅を決めることが多いです。例えば、USD/JPYを150.00で1万通貨ロングしたとします。最初の損切りラインを149.50(50pips下)に置き、トレーリング幅も50pipsに設定します。
① エントリー時:エントリー150.00、ストップ149.50(リスク50pips)
② レートが150.80まで上昇:50pips以上有利に動いたので、トレーリング発動の条件を満たします。新しいストップは「150.80 − 50pips = 150.30」。ストップを149.50→150.30に切り上げます。この時点で、もう損失が出ることはなく、「最低でも30pipsの利益」が保証されます。
③ レートが151.20まで上昇:ストップは「151.20 − 50pips = 150.70」に切り上がります。利益のロックは70pipsです。
④ その後、急落して150.70を下抜け:トレーリングストップにヒットして決済され、約70pipsの利益が確定します。
このように、FXでは相場の波にうまく乗れたときに、トレーリングストップが含み益を確実に積み上げる役割を果たします。一方で、方向感がはっきりしないレンジ相場では、トレーリング幅が狭すぎるとノイズで簡単にストップにかかってしまいます。
どのくらいのトレーリング幅がちょうど良いのか
トレーリングストップの最大の悩みどころは、「幅をどのくらいにするか」です。幅が狭すぎると、小さな押し目やノイズで何度もストップにかかり、本来取れたはずの大きなトレンドを逃してしまいます。逆に広すぎると、含み益が大きく削られてから決済されるため、「利益を守っている実感」を得にくくなります。
初心者のうちは、次のような考え方で幅を決めるとよいです。
・株式:直近の値動き(日足のボラティリティ)の1〜2日分程度を目安にする
・FX:直近の平均的な値幅(ATR)や、5分足〜1時間足の波の大きさをもとに決める
・暗号資産:株やFXより値動きが荒いので、やや広め(例えば10%〜15%)に取る
もう少しシンプルにするなら、「通常の損切り幅の1.5〜2倍」をトレーリング幅の目安にしても構いません。大事なのは、自分の取引スタイルと時間軸に合わせて「相場の普通の揺れでは当たらないが、トレンドが明らかに終わったら当たる」くらいの幅を探ることです。
シンプルなトレーリングストップのルール例(株)
ここでは、個別株のスイングトレードを想定したシンプルなルール例を紹介します。日足チャートで数日〜数週間のトレンドを狙うスタイルです。
【ルール例】
1. エントリー条件:25日移動平均線が上向きで、株価がその上にあり、出来高を伴って直近高値をブレイクしたときに買う。
2. 初期ストップ:エントリー時点の株価から−7%の位置、または直近の押し安値のどちらか低い方。
3. 利益が+10%に達したら、トレーリングストップを開始する。トレーリング幅は7%。
4. 決してストップを下げない(買いの場合)。上げるだけ。
5. ストップにかかったら、その銘柄のトレードは一旦終了し、追いかけない。
例えば、株価1000円でエントリーし、初期ストップを930円(−7%)に置いたとします。株価が1100円(+10%)に達したら、トレーリングストップを「1100円 ×(1 − 0.07)=1023円」に設定します。その後、株価が1300円まで上がればストップは1209円、1400円まで上がれば1302円…という具合に、トレンドとともにストップも上がっていきます。
シンプルなトレーリングストップのルール例(FX)
FXでは、トレーリングを「pips固定」で決める方法が直感的です。例えば、1時間足でトレンドフォローをするケースを考えます。
【ルール例】
1. エントリー条件:短期移動平均線が長期移動平均線を上抜け、かつ直近高値をブレイクしたらロング。
2. 初期ストップ:直近安値の少し下、または30pips下。
3. エントリー後、含み益が30pips以上になったら、トレーリング幅30pipsで追随開始。
4. ストップは常に最新の高値から30pips下に置き直す。
5. ストップにかかったら完全に決済し、部分利確は行わない(まずはシンプルに運用)。
このように、pips固定のトレーリングはシンプルで、バックテストや検証もしやすいというメリットがあります。
トレーリングストップの「やってはいけない」使い方
トレーリングストップは便利な仕組みですが、使い方を間違えると本来の効果が薄れてしまいます。よくある失敗パターンをいくつか挙げます。
失敗1:含み損を抱えているのにストップを「遠ざける」
トレーリングストップの大原則は、「ストップは有利な方向にしか動かさない」ことです。しかし、損失を確定させたくない心理から、含み損が出ているのにストップをさらに遠くにずらしてしまうケースがあります。これはトレーリングどころか、リスク管理そのものの崩壊です。
一度決めた最大損失額を守ることが、長く市場に残るための最低条件です。含み損が出ているときにストップを広げるくらいなら、最初からポジションサイズを小さくするべきです。
失敗2:値動きの特徴を無視して幅を固定しすぎる
どんな銘柄でも、どんな通貨ペアでも、同じトレーリング幅で運用してしまうと、ボラティリティの違いに対応できません。ボラティリティの高い銘柄にトレーリング幅を小さく設定すると、ノイズで何度も狩られてしまい、トレンドを取りにくくなります。
最低限、銘柄や通貨ペアの値動きの荒さをチェックし、「普段どのくらいの1日(1時間)の値幅が出ているのか」を把握しておくべきです。そのうえで、トレーリング幅を調整すると、無駄な損切りを減らせます。
失敗3:トレーリング開始のタイミングが早すぎる
エントリー直後からトレーリングを始めてしまうと、ちょっとした押し目や戻しで簡単にストップにかかり、「いつも建てた直後に狩られる」という状態になりがちです。トレーリングは、ある程度含み益が乗ってから開始する方が安定します。
例えば、「含み益が+5%(株)または+30pips(FX)になったらトレーリング開始」といったように、開始条件を事前に決めておくとよいでしょう。
ポジションサイズとトレーリングストップの関係
トレーリングストップは損切りラインの運用ルールですが、本当に重要なのは「どれだけの量を持つか」というポジションサイズの決め方です。ポジションサイズは、次のようなシンプルな式で決めることができます。
ポジションサイズ = 1回の許容損失額 ÷ ストップ幅
例えば、FXで1回のトレードで許容する損失額を1万円、初期ストップ幅を50pipsと決めたとします。1pipsあたりの損失を200円以内に収めたいのであれば、「1万円 ÷ 50pips = 200円/pip」という計算になります。USD/JPYで1万通貨あたりの1pipsの価値は約100円なので、2万通貨までポジションを取れる、という具合です。
このように、最初に「どこで損切りするか」と「いくらまで負けていいか」を決め、そのうえでポジションサイズを計算します。トレーリングストップは、そこからさらに「どのように損切りラインを切り上げていくか」という、次のステップの話です。
トレーリングストップが機能しやすい相場としにくい相場
トレーリングストップは万能ではなく、相性の良い相場と悪い相場があります。
・機能しやすい相場:はっきりとしたトレンドが出ている相場(上昇トレンド・下降トレンド)
・機能しにくい相場:狭いレンジで行ったり来たりしている相場、重要指標やイベント前後の荒い値動き
トレンドがはっきりしている局面では、トレーリングストップは「トレンドが続く限り保有し続け、終わったら自動的に降りる」ための非常に優れたツールになります。一方で、レンジ相場ではストップに何度もタッチしてしまい、損失ばかりが積み上がる可能性があります。
そのため、トレーリングストップを使うときは、移動平均線の向きや、直近の高値・安値の切り上げ・切り下げなどを見て、「今はトレンド相場なのか、レンジ相場なのか」をざっくり判断しておくとよいでしょう。
トレーリングストップと他のリスク管理手法の組み合わせ
トレーリングストップだけですべてのリスク管理が完結するわけではありません。むしろ、他のシンプルなルールと組み合わせることで、安定性が増します。
例えば、次のような組み合わせが考えられます。
・1回のトレードで失う金額を口座残高の1〜2%以内に抑える
・1日に許容する最大損失額を決め、それ以上負けたらその日は取引をやめる
・同じ銘柄や通貨ペアに偏りすぎないように、ポジション数をコントロールする
・最大ドローダウン(口座残高のピークからの最大下落)を定期的にチェックする
トレーリングストップはあくまで「個々のポジションの出口ルール」です。口座全体を守るためには、資金管理・分散・損切りルールなどをトータルで設計する必要があります。
少額から始める練習方法
いきなり大きな金額でトレーリングストップを試すのではなく、まずは少額またはデモ口座で練習するのがおすすめです。次のような手順で慣れていくとよいでしょう。
1. まずは1銘柄(または1通貨ペア)に絞る
2. 過去チャートを使って、「このルールでトレーリングしていたらどうなっていたか」を手作業で検証する
3. 実際の取引では、ごく小さい枚数で同じルールを3〜5回ほど試す
4. 結果をノートやスプレッドシートに記録し、「どのくらいの含み益が平均的に取れているか」「どのくらいの頻度でストップにかかるか」を確認する
このプロセスを通じて、自分の性格に合うトレーリング幅や運用ルールが見えてきます。「もう少し幅を広げた方がいい」「開始タイミングを遅らせた方がいい」といった調整ポイントも、実際のデータをもとに考えやすくなります。
まとめ:トレーリングストップは「後出ししないルール」を決めることがすべて
トレーリングストップは、一見すると難しく感じるかもしれませんが、やっていることはシンプルです。「最初に決めた最大損失額を守りながら、含み益が出てきたら損切りラインを切り上げていく」というだけです。
重要なのは、相場が動いてから感情でルールを変えないことです。エントリーする前に、「初期ストップ」「トレーリング開始の条件」「トレーリング幅」「どこまでポジションを引っ張るか」の4つを紙に書き出し、その通りに機械的に動く練習をしてみてください。
トレーリングストップをうまく使いこなせれば、勝ちトレードの平均利益を伸ばし、負けトレードの平均損失を抑えることができます。これは、長期的に資産を増やすうえで非常に大きな差になります。少額からで構いませんので、自分なりのトレーリングルールを作り、小さな改善を積み重ねていきましょう。


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