本稿では、配当利回り(Dividend Yield)×ボラティリティ(Volatility)を軸に、個別株の期待リターンを「現金収入+価格変動の抑制」で狙う定量戦略を、スクリーニング→売買ルール→検証→実運用の順で徹底解説します。配当狙い特有の「高利回りの罠」を避けつつ、ドローダウンを浅く保ち、継続しやすい戦略に仕立てます。読了後には、無料データと表計算/簡単なPythonで即日テスト・運用できるレベルの具体性を提供します。
- 戦略の着眼点:配当は“約束されたリターン”、ボラは“握力を決める”
- ユニバース設計:上場市場、最低時価総額、流動性
- 中核指標の定義:DY(配当利回り)とV(ボラティリティ)
- スクリーニング・スコアの設計
- 売買ルール:回転を抑えて課税・コストを最小化
- 実例:簡易データでの手計算イメージ
- バックテスト設計:最低限の検証手順
- 想定リスクと回避策
- 執行:板・コスト・スリッページ管理
- ポート組成のバリエーション(発展)
- キャッシュ・マネジメント:配当再投資と余剰資金
- ケーススタディ:国内×米国の併用
- 運用のKPI:やめないための指標設計
- 実装テンプレ(表計算/コードの設計指針)
- よくある失敗と対策
- まとめ:配当×低ボラは“継続に強い”
- 実行チェックリスト(コピペで使える運用手順)
戦略の着眼点:配当は“約束されたリターン”、ボラは“握力を決める”
株式のトータルリターンは概ね「値上がり益+配当」です。短期で値動きに依存しがちな戦略と違い、配当はボラティリティが高くても一定のキャッシュフローをもたらします。さらに、低ボラ銘柄ほど下落局面での耐性が高い傾向があるため、配当と組み合わせることで「負けにくさ」を強化できます。本戦略は、利回りの十分性と価格の安定性の両立を狙います。
ユニバース設計:上場市場、最低時価総額、流動性
まずは投資可能ユニバースを明確にします。例として、東証プライム/スタンダードまたは米国S&P1500を採用し、以下のフィルターを推奨します。
- 時価総額:最低1,000億円(小型株のボラ/スプレッドリスク回避)
- 平均出来高:25日平均で日次売買代金2億円以上(スリッページ抑制)
- アナリストカバレッジ:任意(情報の空白リスク軽減)
- 外国株ADRやREITは今回は除外(配当性質が異なるため)。
個人投資家でも扱いやすい、執行コストを小さくできる銘柄群を前提にします。
中核指標の定義:DY(配当利回り)とV(ボラティリティ)
配当利回り(DY)は「直近12か月配当総額 / 株価」。ボラティリティ(V)は、日次リターンの20日/60日/120日標準偏差のいずれかを採用します。初心者には20日年換算ボラが扱いやすいでしょう(標準偏差×√252)。
本戦略のコア指標は、DY/V(配当利回りをボラで割る)です。直感的には「同じ利回りなら、揺れが小さいほどスコアが高い」という意味です。さらに罠回避のため、以下の調整を推奨します。
- DYの外れ値クリップ:上位1%は除外(減配前の異常値、特別配当)
- 配当継続性フィルター:過去3〜5年で減配が連続していない
- 配当性向:EPS対比の配当性向が極端(120%超など)な銘柄は除外
- 財務健全性:Net Debt/EBITDAや自己資本比率で最低ラインを設定
スクリーニング・スコアの設計
実務では、単一指標より合成スコアが安定します。以下は例です。
Score = 40% × rank(DY_adj) + 40% × rank(1/V) + 20% × rank(Quality)
ここでQualityは、ROE、営業CFマージン、インタレストカバレッジ等の総合点。rankは0〜100のパーセンタイル。DY_adjは外れ値除外後のDY。ボラの逆数(1/V)を使うと、低ボラほど高スコアになります。
売買ルール:回転を抑えて課税・コストを最小化
配当戦略は回転率が上がると旨味が薄れます。推奨は月次/四半期の定期リバランスで、トップ20〜30銘柄を等金額保有。売買基準は以下。
- 買い:スコア上位に新規ランクイン(保有銘柄不足分を充当)
- 継続保有:既存銘柄が上位50位以内なら継続(バンド制御で売買回数を抑制)
- 売り:50位圏外が2回連続で続いた時点で売却(遅延トリガー)
税制やNISAの枠取りも勘案し、配当再投資は次回リバランスに回します。
実例:簡易データでの手計算イメージ
仮に5銘柄A〜EのDY(%)と年換算ボラ(%)が以下とします。
A: DY=3.5, V=18 → DY/V=0.194 B: DY=4.2, V=28 → 0.150 C: DY=2.8, V=12 → 0.233 D: DY=5.5, V=35 → 0.157 E: DY=3.0, V=10 → 0.300
DY/VだけならE>C>A>D≒Bの順。ここにQualityを加点し、総合スコア上位を採用。「ほどよい利回り×低ボラ×健全財務」が首位に来やすく、落とし穴(高利回りだが財務が脆弱)を避けられます。
バックテスト設計:最低限の検証手順
- データ取得:終値、配当履歴、財務指標。無料ソースと有料データの差は整備性。
- スコア計算:毎月末/四半期末にスコアを更新。
- ポートフォリオ形成:上位N銘柄等金額、リバランス時のみ売買。
- コスト反映:往復0.2%など現実的な売買コストを控えめに。
- 指標比較:配当込みインデックス(TR)と比較し、年率、最大DD、Sharpe、Sortino、勝率などを記録。
注意:生存者バイアス(破綻銘柄が除外される)と先見バイアス(確定前データを使う)を必ず回避。配当の記録日は実際の権利落ち日で処理します。
想定リスクと回避策
- 減配リスク:配当性向の異常、CF不足を兆候として検出。決算直後の異常値に注意。
- セクター偏り:電力・通信・金融に偏りやすい。最大セクター比率上限(例:35%)を設定。
- 金利ショック:金利上昇局面では高配当が相対劣後しがち。低ボラ要件でDDを緩和。
- 為替:米国株を併用する場合は為替ヘッジETFや先物で中立化も検討。
執行:板・コスト・スリッページ管理
実運用では、寄り付き成行は避け、VWAP/TWAPや指値分割を使ってスプレッドを最小化。板薄の時間帯を避け、同一銘柄の売りと買いが同時に出ないようにリバランス順序を最適化します。
ポート組成のバリエーション(発展)
- DY/V × Quality×2:財務健全性をより重視
- DY/V × 低β:市場β0.8以下に限定し、下方相関を弱める
- DY/V × 低ドローダウン過去実績:過去2年の最大DDが一定以下
- DY/V × 低IV(オプション暗黙ボラ):米国株でオプションが活発な場合に活用
キャッシュ・マネジメント:配当再投資と余剰資金
受け取った配当は、次回リバランス時に自動で再投資。余剰キャッシュは短期国債やMMFで運用し、市場待機キャッシュの機会損失を抑えます。
ケーススタディ:国内×米国の併用
日本株20銘柄、米国株10銘柄の30銘柄均等を例にします。為替は半分ヘッジ、半分ノーヘッジ。結果として、円安局面では米国サイドが緩衝材になり、円高局面では国内側がボラを抑制。セクター分散の観点でも優位性が出やすい構成です。
運用のKPI:やめないための指標設計
- ロールイールド:高配当再投資による複利効果の推移
- 最大DDと回復日数:心理的耐性の指標
- トラッキングエラー:指数との乖離を定点観測
- 税引き後実効利回り:手取りベースで管理
これらを月次レポート化し、続けやすい可視化を行います。
実装テンプレ(表計算/コードの設計指針)
表計算では、価格データから日次リターン→標準偏差→年換算、配当履歴から12か月累計を作り、DY/VとQuality合成スコアを列として計算。条件付き書式で上位をハイライト。
Pythonの場合、pandasで銘柄ごとの時系列をPanel化し、月末でgroupby-resampleしてスコア更新、等金額ポートをリバランス。売買ログからコスト控除後の曲線を生成し、年率、Sharpe、Sortino、最大DDを一括出力。最初は5銘柄・バックテスト期間2年など、小さく始めて検証範囲を広げましょう。
よくある失敗と対策
- 利回り至上主義:極端な高利回りは減配フラグ。継続性・財務とセットで評価。
- 回転過多:順位の僅差で売買を乱発しない。入れ替えバンドと遅延トリガーで抑制。
- セクター集中:最大比率を設定。ユーティリティ一色は避ける。
- データずれ:配当基準日、反映遅延に注意。先見バイアスを必ずチェック。
まとめ:配当×低ボラは“継続に強い”
配当という「積み上がる現金」と、低ボラという「続けやすい価格挙動」を組み合わせると、長期的に中だるみしにくい戦略が作れます。DY/V+Qualityの合成スコアと、回転抑制の売買ルール、簡潔な検証手順をセットで導入すれば、再現性の高い運用の土台が整います。
実行チェックリスト(コピペで使える運用手順)
- ユニバース抽出(時価総額・出来高フィルタ)
- データ整備(価格・配当・財務、外れ値処理)
- スコア計算(DY/V+Quality、パーセンタイル化)
- ポート形成(上位N、セクター上限、等金額)
- 売買ルール(入替バンド、遅延トリガー)
- 配当再投資(次回リバランスに集約)
- KPI可視化(年率、Sharpe、最大DD、回復日数)
- 月次レポート(継続判断の材料を定点観測)


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