「年利○%」という数字だけで暗号資産レンディングを判断すると、想定外の清算や急な利回り低下に直面しがちです。本稿は、利回りの源泉・金利の動き方・清算メカニズムを数式と具体例で分解し、さらに実務で使える運用ルールを提示します。対象は取引所系(CeFi)とプロトコル系(DeFi)の両方ですが、初期はステーブルコイン中心の守りの設計を推奨します。
レンディングの全体像:何にお金が回っているのか
レンディングの金利は「誰かの調達需要」から生まれます。マーケットメイカーの在庫調整、先物・パーペチュアルの裁定、空売りやヘッジ目的の借入、流動性提供の担保など、借り手の合理的な動機が強いほど貸し手の利回りは上振れします。逆に需要が弱まると金利は瞬時に低下します。この需要弾力性を理解していれば、金利の上下に振り回されにくくなります。
主な形態
- CeFi(取引所/Earn型):取引所が内部でプール管理。利便性は高いが、相手先リスク(カウンターパーティリスク)が一箇所に集中します。
 - DeFi(プール型/Aave・Compound):スマートコントラクトで運用。資産は自分のウォレットに紐付き、透明性が高い一方、スマートコントラクト脆弱性やオラクル異常という固有リスクがあります。
 - P2P/仲介最小型:注文板や最適化レイヤー(例:オンチェーンのマッチング)で、借り手に最適利率で貸出。金利は競争的に決まります。
 
金利(APY/APR)の読み方:利用率曲線とリスク・リターン
DeFiプロトコルの多くは「利用率(貸出総量に対する借入総量の比率)」が高いほど金利が上がる曲線(Jump Rate Modelなど)を採用します。金利は可変で、短時間に上下します。よって、表示APYは過去一定期間の年率換算であり、将来を約束するものではありません。
APRからAPYへの近似換算:複利間隔を日次とすると、APY ≈ (1 + APR/365) ^ 365 − 1。APRが10%なら、APYはおよそ10.52%になります。
担保・清算メカニズムを数式で理解する
借入安全度は一般に Health Factor(HF)= Σ(担保価値 × 清算閾値) / Σ(借入額) で表され、HF > 1 が安全圏、1に近づくと清算リスクが高まります。清算が発生すると、担保の一部がディスカウントで売却され、清算ペナルティ(例:5〜10%)を被ることがあります。
数値例:ETH担保でUSDCを借りる
- ETH価格=400,000円、担保に2 ETH(80万円)。清算閾値=75%。
 - USDCを30万円相当借入。HF= (80万 × 0.75) / 30万 = 2.0(まだ余裕)。
 - ETHが300,000円に下落 → 担保価値=60万円。HF= (60万 × 0.75)/30万 = 1.5。
 - ETHが280,000円に下落 → 担保価値=56万円。HF= (56万 × 0.75)/30万 ≈ 1.4。
 - 安全域をHF≧1.3に設定していれば、280,000円付近で部分返済 or 追加入金を検討します。
 
清算価格の目安は、清算価値 = 借入額 / 清算閾値 を満たす担保価格です。担保が単一資産の場合、必要担保価値 = 借入額 / 閾値 なので、担保数量から逆算して価格を求められます。
ステーブル vs 変動資産:どちらを貸す/担保にするか
初期はステーブルコイン(USDC/USDT/DAIなど)を貸す側が無難です。価格変動が小さいため、金利に集中できます。担保は同じくステーブルにすれば清算リスクは限定的ですが、変動資産を担保にしてステーブルを借りる戦略は価格下落時に清算されやすく注意が必要です。
利回りの序列は一般に、ステーブル貸出 < 主要アルト貸出 となりがちです。高利回りには理由があり、ボラティリティや需要の偏りとセットで理解します。
金利の源泉:先物・パーペチュアルとの関係
レンディング金利とデリバティブ市場は密接に連動します。たとえば、ビットコイン先物が現物より高い(コンタンゴ)局面では、裁定のための現物調達需要が高まり、現物の借入需要が増えます。すると貸し手の金利が上がりやすい。一方で、パーペチュアルのプラスの資金調達率(ファンディングレート)と貸出の組合せで、「現物貸出+パーペチュアルのショート」といった低リスク運用を組むことも理論上可能です。ただしスプレッド変動・手数料・スリッページを必ず織り込みます。
プロトコル別の実務ポイント
Aave v3/Compound v3(プール型の代表)
- 金利は利用率依存。利用率が急騰するイベント(相場急変、エアドロ需要)では一気に上がる反面、落ち着けば低下します。
 - 担保設定はLTV < 50%を推奨。HF閾値を自分で定義(例:1.35)し、到達で機械的にリバランス。
 - 変動資産担保での借入は少額から開始し、担保資産と借入資産の相関を必ず確認(相関が高いと同時安でHFが悪化しやすい)。
 
Maker(DAI/DSR活用)
- 担保を差し入れてDAIを鋳造し、DAI Savings Rate(DSR)で運用する設計が可能です。担保のボラと清算条件を理解すれば、ステーブル中心の保守運用がしやすいです。
 
最適化レイヤー/オーダーブック型(例:最適マッチング系)
- プール型よりも借り手との直接マッチングで金利が上がるケースがあります。約定の安定性・未約定リスクを考慮してポジションサイズを決めます。
 
実務のリスク分解チェックリスト
- スマートコントラクト/ブリッジ/オラクル/ガバナンス:単一障害点の有無、監査履歴、バグバウンティの規模。
 - マーケットリスク:担保と借入の相関、ボラティリティ、出来高、清算時の滑り。
 - 流動性リスク:引出し猶予・キュー、利用率90%超の持続性。
 - ステーブルコインの信用:準備資産、償還ルール、depeg 時の回復事例。
 - カストディ:セルフカストディか取引所保管か。ハードウェアウォレット、マルチシグの適用可否。
 - 手数料:チェーン手数料(ガス)、ブリッジ料、借入/返済のスプレッド。
 
数値で掴む「やってよい利回り」と「避ける利回り」
ステーブル貸出で年5〜8%の変動帯は、市場環境によっては妥当です。一方、二桁後半以上のステーブル利回りは、高利用率や短期需給の歪みによる一過性の可能性が高く、撤退基準(例:APYが3日連続でx%未満に低下)を事前に決めます。変動資産の貸出で年15%以上が常態化している場合は、清算連鎖やボラ急騰で急低下する前提でサイズを抑えます。
ポジション設計:3つのモデル
モデルA:ステーブル単純貸出(初期推奨)
- 資産:USDCのみをAaveなどで貸出。
 - 利点:価格変動リスク極小。モニタリング容易。
 - 管理:APYの下限(例:3%)を割れたら一旦待機 or 他プロトコルへ迂回。
 
モデルB:ETH担保→ステーブル借入→DSR運用
- 資産:ETHを担保にDAIを生成し、DSRで回す。
 - 利点:借入コスト < DSRの局面でイールド差を得る。
 - 管理:HF>1.35維持、ETH下落時は担保追加 or 借入圧縮を即実行。
 
モデルC:金利アービトラージ(応用)
- 現物貸出と先物/パーペチュアルのショートを組み合わせ、ネットでの金利差を獲得。
 - 注意:資金調達率の反転、先物ベーシス縮小、手数料・税コストで利幅が消えるリスク。
 
7日間テスト運用プラン(ステーブル貸出)
- Day 0:ハードウェアウォレット準備、少額でブリッジし試験送金。
 - Day 1:Aave等でUSDCを貸出。取引履歴をスプレッドシートに記録。
 - Day 2:APY推移と利用率を観察。下限APY(例:3%)を決める。
 - Day 3:引出しテストを少額で実施。可用性を確認。
 - Day 4:もう一つのプロトコルに分散。片方にトラブルがあっても動ける形に。
 - Day 5:手数料の実測(入金・引出・承認)を集計し、ネット利回りを算出。
 - Day 6:撤退基準・非常時手順(ブロックエクスプローラ確認 → 承認取消 → 段階的引出)を整備。
 - Day 7:スケール可否を判断。単一プロトコルの比率は50%以下に縛る。
 
清算を避けるための4原則
- 低LTV開始:開始LTVは最大許容の半分以下(例:許容50%なら25%で開始)。
 - HFトリガーの自動化:通知Botや自動化ツールでHF≦1.35を即検知。
 - 相関低減:担保と借入を逆相関/低相関に。ステーブル借入を基本に。
 - 分散:チェーン・プロトコル・運用者の分散。ブリッジは冗長化。
 
手数料を織り込んだブレークイーブン
初回入金・承認・引出で合計2,000円の費用、預け入れ額が200,000円、想定APYが6%で1か月運用とすると、期待利回りはおよそ1,000円(200,000 × 0.06 ÷ 12)。ネットでは −1,000円。額が小さいほど期間を長めに取るか、手数料の安いチェーンを選ぶ必要があります。
運用ダッシュボード(手作りでも可)
- モニタリング指標:APY、利用率、HF、担保時価、借入残高、未実現損益。
 - 閾値例:HF<1.35 → 追加入金または返済、APY<3%(3日連続)→撤退検討。
 
よくある失敗と対策
- 高APYに飛びつく:原因(需給の一過性)を言語化し、撤退条件を先に書く。
 - 複雑なループ:利回りは上がるが清算感応度が爆増。初心者は禁止。
 - 引出しテストをしない:動くと信じた時に限って詰まる。少額テストを儀式化。
 - 通知なし運用:夜間の急変に対応不可。最低限の価格/HFアラートを。
 
チェックリスト(保存用)
- カストディ:セルフ or 取引所。ハードウェアウォレット設定済みか。
 - ブリッジ:代替ルート確保。少額テスト済み。
 - プロトコル:監査・TVL・オラクル方式・清算ペナルティの確認。
 - 設計:開始LTV、HFトリガー、APY下限、撤退基準。
 - 分散:プロトコル分散、チェーン分散、時間分散。
 - 記録:入出金、手数料、APY推移、意思決定ログ。
 
まとめ
レンディングは「金利の源泉」と「清算の仕組み」を同時に理解すると、単なる預金ではなく需給トレードとして見えてきます。初期はステーブル貸出に限定し、HFとAPYのルールで動く習慣を作り、引出しテスト・通知・分散の3点を徹底すれば、大きな事故を避けながら着実なキャッシュフロー運用が可能です。
  
  
  
  

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