ビットコインそのものは過去に一度もハッキングされたことがないという事実。
本稿は、ビットコインの秘密鍵を「偶然1回で当てる」確率を、数学の厳密さを保ちつつ宇宙年齢という直感的な物差しで説明します。結論はシンプルです。単発で的中する確率は 2-256(約 8.636×10^-78 )であり、現実世界では事実上ゼロです。
結論(要点)
秘密鍵の「ランダム当て」は、鍵空間全体(約 2256 ≒ 1.157920892373162e77 通り)に対する1通りの一致を狙う試行です。したがって1回で当てる確率は、
P(1回で当てる) = 1 / (2256) ≒ 8.636×10^-78
この規模は一般的な計算資源や時間スケールでは到達不能です。
前提:鍵空間と一様性
ビットコインは楕円曲線 secp256k1
を用います。秘密鍵は 1 以上 n−1 以下の整数(n は曲線の位数)から一様に選ばれます。鍵空間の大きさは理想化すれば約 2256 通りです。
- 鍵空間の大きさ:2256 ≒ 1.157920892373162e77
- 平均試行回数(50%で当たるまで):約 2255 ≒ 5.78960446186581e76
- 単発で当てる確率:2-256 ≒ 8.636×10^-78
以下では、この桁外れの大きさを「宇宙年齢」という時間の物差しで可視化します。
宇宙年齢で直感化:1宇宙に何回試せるか
現在の宇宙年齢はおよそ 4.35×10^17 秒です。もし毎秒 R 回の総当たりができると仮定すると、1宇宙の寿命で試せる回数は R×4.35×10^17 回になります。1宇宙での成功確率は「試行回数 ÷ 2256」の近似で評価できます(成功確率が極小のため)。
想定総当たり速度(試行/秒) | 1宇宙で試せる回数 | 1宇宙での成功確率(近似) | 50%成功に必要な宇宙回数(期待値) |
---|---|---|---|
毎秒 10^15 | 4.35×10^32 | 3.76×10^-45 | 1.85×10^44 |
毎秒 10^18 | 4.35×10^35 | 3.76×10^-42 | 1.85×10^41 |
毎秒 10^21 | 4.35×10^38 | 3.76×10^-39 | 1.85×10^38 |
例えば、毎秒1018 回という非現実的な高速総当たりができたとしても、50%の成功に平均で約 1.85×1041 回分の「宇宙の寿命」が必要です。単一の宇宙の寿命では、成功確率は約 3.76×10-42 に過ぎません。
なぜ「ほぼゼロ」と言い切れるか:計算の中身
成功確率の厳密式は、成功確率が極小なとき 1 - (1 - 1/2^256)^T ≈ T / 2^256
で近似できます(T は試行回数)。また、50%成功までに必要な試行回数は ln(2)×2^256
です。これを宇宙年齢あたりの試行能力で割って、「何回の宇宙」が要るかを算出しています。
成功確率(近似) : P ≈ T / 2^256 (T ≪ 2^256 のとき)
中央値に必要な試行 : T_50 ≈ ln(2) × 2^256
必要な宇宙の回数 : U_50 ≈ T_50 / (R × 宇宙年齢秒)
実務的セキュリティ指針(初心者向け)
鍵空間の大きさ自体は十分に安全ですが、現実の攻撃は「総当たり」よりも 人間と端末の弱点 を突く方向に集中します。以下は実務的に効果が大きい対策です。
- 乱数源を信用できる方法で種を作る(ハードウェアウォレット、ダイス法など)。
- BIP39の24語シードにパスフレーズ(25語目)を併用し、記憶と紙・金属バックアップを分離保管。
- 日常利用は少額用ホットウォレット、保管はコールド。大口はマルチシグで権限分散。
- ファームウェア検証、サプライチェーン・改ざん防止(正規流通、開封時チェック)。
- 端末のマルウェア対策、フィッシング対策、パスワードマネージャ活用。
- バックアップは地理的に分散。復旧手順を定期的にドリル実施。
誤解しやすい論点
- 量子計算:Grover により総当たりは理論上平方根短縮(約 2128 ステップ)しますが、現実の量子計算でこの規模を安全に、長時間、連続して実行する見通しは当面ありません。今日のリスクは依然として人間・端末・運用面です。
- アドレス衝突:ハッシュ衝突と秘密鍵当ては別問題です。どちらも桁外れに困難で、先に運用上のミスが突かれます。
- 「弱い」パスフレーズ:辞書語や短いフレーズは総当たり不要で破られます。長く、予測不能な文字列を。
まとめ
「1回で当てる確率」は 2-256、すなわち 8.636×10^-78 です。宇宙年齢を物差しにしても、常識的な計算資源では到達不能です。ゆえに、守るべきは数学ではなく運用です。乱数・保管・バックアップ・端末衛生という基本を徹底し、人的・物理的な攻撃面を閉じることが、実際の資産防衛に直結します。
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