- マークトゥーマーケット(時価評価)とは何か
- 初心者が誤解しやすい3点
- MTMが「清算価格」を決める:仕組みをざっくり掴む
- 「MTMが得意な投資家」は、何を見ているのか
- 具体的な「稼ぎ方」への落とし込み:MTMを軸にした運用ルール
- ケーススタディ:MTMを理解している人/していない人の差
- MTMを使ったシンプルなヘッジ設計
- 運用チェックリスト:MTMで意思決定を固定化する
- まとめ:MTMは“勝つ技術”ではなく“負けない設計図”
- もう一段深く:暗号資産デリバティブの「マーク価格」とMTM
- 数値で腹落ちさせる:簡易シミュレーションの考え方
- 見落とされがちなコスト:スプレッドとスリッページもMTMに効く
- 投資対象別:MTMをどう使い分けるか
- 最後に:MTMを学ぶ最短ルート(初心者の練習法)
マークトゥーマーケット(時価評価)とは何か
マークトゥーマーケット(Mark-to-Market、以下MTM)は、「保有しているポジションを、いま市場で取引できる価格で評価し直す」考え方です。株・FX・先物・オプション・暗号資産(現物/デリバティブ)まで、ほぼすべての市場で重要です。
初心者がつまずくのは、MTMが単なる会計用語ではなく、ロスカット(強制決済)・証拠金維持率・清算価格・追証などの「生き残り」に直結している点です。MTMを理解すると、勝ち負け以前に“退場しない”ための意思決定が一段クリアになります。
「含み損益」はMTMの結果
たとえば株を1,000円で買い、いま950円なら含み損は-50円です。これは「いま売るなら950円」という市場価格で評価しているからで、まさにMTMです。FXや先物はさらに重要で、含み損が拡大すると証拠金が減り、一定水準で強制決済されます。
MTMが効く場面:現物よりレバレッジ商品
現物株の長期投資でもMTMは心理面・リスク管理面で効きますが、特に破壊力があるのは、FX・先物・オプション・暗号資産のパーペチュアル(無期限先物)などのレバレッジ商品です。なぜならこれらは、MTMで評価した損益が日々(場合によってはリアルタイムで)証拠金に反映され、ポジション継続の可否を決めるからです。
初心者が誤解しやすい3点
誤解1:損は「確定」しなければ損ではない
これは半分正しく、半分危険です。確かに未決済なら損益は確定しません。しかし、レバレッジ取引では未確定損が増えるほど証拠金が減り、「損を確定したくない」という意思とは無関係に、強制決済で損が確定します。MTMの世界では、未確定損は“将来の可能性”ではなく“現在進行形の制約”です。
誤解2:ロスカットは「最悪を防ぐ安全装置」
ロスカットは確かに口座残高がマイナスに転落するのを防ぐ目的がありますが、運用者目線では、ロスカットは「最悪のタイミングで降ろされる装置」になりがちです。相場急変時はスプレッド拡大・約定遅延・ギャップ(飛び)も起こり、想定より悪い価格で決済されることがあります。MTMを理解し、ロスカット“手前”で自分のルールに基づいて縮小・撤退できる状態が理想です。
誤解3:証拠金率(レバレッジ)だけ見ればいい
レバレッジは「最大何倍か」ではなく、“MTMで損益が振れたときに口座が耐えられる幅”として管理します。つまり、ボラティリティ(価格変動)とセットです。同じレバレッジでも、変動の大きい銘柄ほど、MTMで証拠金が削られるスピードが速いからです。
MTMが「清算価格」を決める:仕組みをざっくり掴む
ここでは厳密な数式より、初心者が事故を避けるための直感を優先します。
FXの例:USD/JPYを買った場合
あなたがUSD/JPYをロング(買い)し、円高に動くと含み損です。口座では、建玉の評価損益がMTMで更新され、口座純資産(有効証拠金)が上下します。証拠金維持率が一定水準を下回ると、ロスカットが発動します。
重要なのは「どれだけ逆行したら退場か」を、エントリー時点で見積もることです。たとえば、1円の逆行があなたの建玉サイズでいくらの損になるかを計算し、その損が口座資金の何%かを把握します。MTMの理解があると、損益が“感情”ではなく“数値”になります。
暗号資産の無期限先物:資金調達(Funding)もMTM感覚で
無期限先物では、現物価格と乖離しすぎないようにFunding(資金調達率)が定期的に支払われます。ロングが多い局面ではロングが支払い、ショートが受け取る、といった形です。ここでのポイントは、Fundingが「毎回小さいから無視」で済むのは、ポジションサイズが小さい場合だけということです。
大きな建玉を持つと、Fundingは実質的に“金利”として効き、MTMでの損益に上乗せされます。つまり、価格が横ばいでも、Funding負担でじわじわ口座資金が減り、清算に近づくことがあります。MTMは価格変動だけでなく、こうしたキャッシュフローも含めて捉えると判断精度が上がります。
オプション:プレミアムの減価(シータ)もMTMの一部
オプションは「価格が動けば勝てる」だけではありません。時間経過でプレミアムが減る(シータ)ため、相場が想定方向に動かなくても負けが進みます。これもMTMです。特に短期オプションは、時間価値の減りが急で、保有しているだけで評価額が崩れます。
「MTMが得意な投資家」は、何を見ているのか
1)損益ではなく「口座純資産の推移」を見る
個別トレードの勝ち負けより、口座全体がどう推移しているかが重要です。MTMで日々変動する口座純資産を、週次・月次でレビューし、最大ドローダウン(ピークからの下落幅)を把握します。これができると、「勝っているのに資金が減る」「負けが小さく見えるのに突然退場する」といった矛盾が減ります。
2)“最悪ケース”を先に置く(逆算)
MTMが効く商品の怖さは、逆行が加速したときに損失が連鎖する点です。そこで、エントリー前に「最悪ケースでどこまで耐えるか」を数値で決めます。初心者はここを曖昧にしがちですが、曖昧さはロスカット任せ=運任せになります。
3)ボラティリティを「サイズ調整の根拠」にする
MTMの本質は、価格変動が資金に直撃することです。ならば対策はシンプルで、変動が大きいときはサイズを落とす。たとえば、同じ戦略でも、ボラが平常時の2倍なら建玉を半分にする、といったルールです。ここを感覚でなく、過去の平均変動やATR(平均真の値幅)などを基準にすると再現性が上がります。
具体的な「稼ぎ方」への落とし込み:MTMを軸にした運用ルール
ここからは、一般論ではなく、MTMを中心に据えた“現実に回る”ルールを提示します。狙いは「勝率を上げる」より「破綻確率を下げ、複利を回す」ことです。
ルールA:損失は“口座資金比率”で固定する
初心者は「何pips負けた」「何%下がった」で考えがちですが、MTMでは口座資金比率が最重要です。たとえば、1回のトレードで許容する損失を口座の1%に固定します。口座が100万円なら1万円まで。すると建玉サイズは、損切り幅(値幅)から逆算して決まります。
このやり方の利点は、相場環境が変わっても破綻しにくいことです。勝っても負けても、口座に対するダメージが一定なので、MTMの変動に振り回されにくくなります。
ルールB:証拠金維持率の「警戒水準」を自分で作る
多くの口座は、一定水準でロスカットします。しかし運用者としては、ロスカット水準に到達する前に自分で縮小します。具体例として、維持率が300%を切ったら建玉を半分、200%を切ったら撤退、などです(数字は口座仕様と商品の変動に合わせて調整します)。
ここで大事なのは、警戒水準を「感情」ではなく「MTMの事実」に基づいて決めることです。MTMで口座純資産が削られた瞬間に、次の手が自動的に決まる状態が理想です。
ルールC:ボラが上がったら、利益目標より先に“縮小”する
相場が荒れてボラが上がると、短期的にはチャンスに見えます。しかしMTMの観点では、含み損が一気に膨らむ確率が上がる局面でもあります。ここで「取り返したい」「今なら取れる」と建玉を増やすと、MTMで資金が溶ける典型パターンになります。
具体的には、ニュースや指標で値幅が拡大している日は、利確幅を広げる前に、建玉サイズを落とします。利益は“結果”であって、まずは資金の生存が優先です。
ケーススタディ:MTMを理解している人/していない人の差
ケース1:FXで「含み損は戻る」思考に引きずられる
例として、USD/JPYを高値掴みでロングし、円高で逆行したとします。MTMを理解していないと「戻るまで待つ」になりがちです。しかし、逆行が進むほど証拠金は減り、ロスカットが近づきます。戻るかどうかの議論以前に、口座が耐えられるかが問題です。
MTMを理解している人は、逆行した時点で「いまの評価損が口座の何%か」「維持率がどこまで落ちたか」を見て、縮小か撤退かを決めます。結果として、最悪の強制決済を避けやすくなります。
ケース2:暗号資産先物でFundingを軽視して消耗する
パーペチュアルでロングを持ち、価格が横ばいでもFundingを支払い続けると、口座資金がじわじわ減ります。MTMを理解していないと「価格が崩れていないのに資金が減る」違和感で判断が遅れます。
MTMを理解している人は、Fundingを“保有コスト”として見積もり、想定レンジの滞在時間が長いなら建玉を落とす、あるいは現物と組み合わせてヘッジする、といった手を打ちます。
ケース3:オプション買いで「方向は当たったのに負ける」
オプション買いは、方向が当たっても、動くまでの時間が長いとシータで負けます。MTMを理解していないと「読みは正しいのに市場が悪い」になりやすいです。
MTMを理解している人は、時間価値の減少を前提に、エントリーを短期化するか、あるいはカレンダースプレッド等でシータを相殺する設計を検討します。“当たる/外れる”ではなく、“評価がどう変化するか”で戦略を組み立てます。
MTMを使ったシンプルなヘッジ設計
ヘッジは難しく聞こえますが、初心者がやるべきは「完璧なヘッジ」ではなく「MTMのブレを小さくする工夫」です。
現物+先物(またはCFD)でリスク量を調整する
たとえば現物株を保有しつつ、相場が荒れている期間だけ指数先物(または指数CFD)で一部ショートを持つと、下落局面のMTMダメージを軽減できます。ポイントは、ヘッジ比率を固定せず、ボラが高いときに厚め、落ち着いたら薄く、と調整することです。
為替リスクを「見える化」して部分ヘッジする
外貨建て資産(米国株や米ドルMMF等)を持つ場合、円高局面では円換算のMTMが悪化します。ここで全量ヘッジにすると、ヘッジコストや機会損失も出ます。初心者は、まず半分だけヘッジするなど、段階的に導入し、円高時の口座変動をなだらかにするところから始めるのが現実的です。
運用チェックリスト:MTMで意思決定を固定化する
最後に、MTMを「知識」で終わらせず、「行動」に落とすためのチェックリストを提示します。毎回これを満たすかを確認してください。
エントリー前
まず、想定シナリオを文章で書きます。次に、損切り幅(値幅)と許容損失(口座比率)から建玉サイズを逆算します。さらに、ボラが高い局面ではサイズを落とす、という調整ルールを適用します。最後に、警戒水準(維持率、含み損%)で縮小・撤退が自動的に決まる状態にします。
保有中
見るべきは「価格」だけではありません。評価損益、口座純資産、維持率、そして暗号資産ならFunding、オプションなら残存日数とプレミアムの変化です。MTMは“現在の評価”なので、ここが悪化しているのに放置するのは、ブレーキの利かない車で下り坂を走るようなものです。
クローズ後
トレードの成否は、損益だけで判断しません。「ルール通りにサイズを決めたか」「警戒水準で縮小できたか」「MTMの変化に対して、想定外のことが起きたか」を振り返ります。これを繰り返すと、相場の予想が当たるかどうかより、資金が増えやすい運用体質になります。
まとめ:MTMは“勝つ技術”ではなく“負けない設計図”
MTM(時価評価)を理解すると、含み損益の意味が変わります。それは「気持ちの問題」ではなく、証拠金・清算・保有コストを通じて、あなたの行動を縛る“現実”です。ここを正しく扱えると、レバレッジ商品でも退場確率が下がり、結果として複利が回りやすくなります。
次にやることはシンプルです。口座資金比率で損失上限を固定し、ボラに応じてサイズを調整し、ロスカットより手前に自分の警戒水準を置く。これだけで、初心者が陥りやすい「気づいたら退場」を大きく減らせます。
もう一段深く:暗号資産デリバティブの「マーク価格」とMTM
暗号資産の先物やパーペチュアルでは、取引所が「マーク価格(Mark Price)」という参照価格を用意していることがあります。これは、板の薄さや瞬間的なヒゲ(急騰急落)で不当に清算が起きないように、現物指数や複数取引所の価格をもとに算出される価格です。
初心者がやりがちな失敗は、「チャート上は戻っているのに清算された」「最終価格(Last)では耐えていたのに、マーク価格で清算された」という混乱です。ここで重要なのは、あなたの口座のMTM(評価損益)は、取引所が定める参照価格で計算されるということです。つまり、どの価格でMTMされるのか(Lastか、Markか、Indexか)を理解しないままレバレッジを上げるのは、ルールを知らずにゲームをするのと同じです。
実務的な対策は、ポジションを持つ前に「清算に使われる価格」と「Fundingの計算に使われる価格」を確認し、マーク価格が急変しやすい銘柄(指数の構成が弱い、現物の流動性が薄い)ではレバレッジを抑えることです。
数値で腹落ちさせる:簡易シミュレーションの考え方
ここでは厳密な計算式ではなく、意思決定に使える最小限の見積もりを示します。
例:口座50万円で、最大損失1%ルールを採用する
最大損失を1%にするなら、1回の許容損失は5,000円です。FXでUSD/JPYを取引し、損切り幅を30pips(0.30円)に設定する場合、0.30円の逆行で5,000円の損になる建玉量が上限です。ここから建玉を逆算すると、「建玉を増やしたい」という気分より先に、MTMの現実(許容損失)がブレーキになります。
この逆算ができると、エントリーのたびに“どのくらい負けたら終わるか”が明確になり、ロスカットに追い込まれる確率が下がります。逆に、ここを曖昧にすると、MTMの評価損が積み上がった時点で選択肢が消えていきます。
例:暗号資産先物で「1日±5%が普通」の銘柄を触る
暗号資産は、日次で±5%どころか±10%も珍しくありません。仮に1日で-10%動く可能性がある銘柄を10倍レバレッジでロングすると、単純計算で-100%相当の打撃です。実際には証拠金や清算ルールがあるので“前に”清算されますが、要するに、MTMで口座が耐える余地がほとんどないということです。
この場合の現実的な戦い方は、レバレッジを下げるか、損切り幅を極端に短くするか、ポジションを分割して段階的に建てるか、いずれかです。「当たれば大きい」は、MTMの世界では「外れたら即死」と表裏一体です。
見落とされがちなコスト:スプレッドとスリッページもMTMに効く
MTMは“いまの価格”で評価されますが、実際に決済する価格は、スプレッド(買値と売値の差)やスリッページ(想定より不利な約定)でズレます。初心者はチャートの真ん中の価格だけを見て「あと少し耐えれば…」と考えがちですが、実際には決済時にコストが乗ります。
特に、相場急変時や流動性の薄い時間帯は、スプレッドが拡大し、MTM上の損益より実現損益が悪化します。これがロスカットと組み合わさると、“最後の一撃”になりやすいです。したがって、重要指標前後は建玉を落とす、流動性の高い時間帯を中心に取引する、板の薄い銘柄を避ける、といったルールが、MTMの安定化に直結します。
投資対象別:MTMをどう使い分けるか
株式(現物):評価損益を「判断材料」に変える
現物株はロスカットの強制がないため、MTMが甘く見られがちです。しかし、長期投資でも評価損益は重要です。なぜなら、評価損が大きい状態で“ナンピン”を繰り返すと、資金効率が悪化し、他の機会を失うからです。
実践的には、保有銘柄ごとに「許容する評価損の幅」を決めます。たとえば、決算ミスなどで投資仮説が崩れた場合は、一定の評価損で撤退する。逆に、仮説が生きているなら、評価損を“下落の情報”として扱い、追加投資の条件(価格ではなく、業績や需給の変化)を明確にします。MTMを意思決定の条件に組み込むことで、感情的な握力勝負になりにくくなります。
インデックス投資:MTMを「リバランスのトリガー」にする
インデックス投資は、日々の価格変動に振り回されないのが基本ですが、MTMを完全に無視するのも非効率です。たとえば、株式比率が上がりすぎた局面では、MTM上の評価益が膨らみ、ポートフォリオのリスク量が増えています。ここで定期リバランス(年1回など)を行うと、結果として“高くなった資産を売り、安くなった資産を買う”ことになりやすいです。
重要なのは、リバランスは利益確定のためではなく、リスクを一定に保つためだという点です。この発想はMTMと相性が良く、投資判断がブレにくくなります。
最後に:MTMを学ぶ最短ルート(初心者の練習法)
知識として理解しても、実際の取引で再現できないと意味がありません。初心者が最短でMTM感覚を身につける方法は、いきなり大金で勝負しないことです。
まず、最小単位で取引し、評価損益・口座純資産・維持率(ある場合)を毎日メモします。次に、同じ銘柄でもボラが高い日と低い日で、MTMの振れがどれほど違うかを体感します。最後に、サイズ調整ルール(ボラが高い日は半分など)を実際に適用し、口座のブレがどう変わるかを確認します。
この“観察→ルール化→検証”を回せるようになると、相場予想に依存しない強さが出ます。MTMは、運用を「科学」に寄せるための基本装備です。


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