米国の雇用統計(Nonfarm Payrolls、通称NFP)は、FXの「指標トレード」の代表格です。SNSや動画では“5分で数十pips”のような派手な話が目立ちますが、現実のマーケットマイクロ構造(スプレッド拡大、約定拒否、スリッページ、板の薄さ)を踏まえると、同じ手法を繰り返して同じように稼ぐ「再現性」は想像より低いです。
結論から言うと、雇用統計そのものが危険なのではありません。「雇用統計の日にやりがちな設計」が危険です。方向を当てにいく一発勝負をやめ、①どのフェーズで、②どのリスクを取り、③どの優位性(統計的な偏り)に賭けるのかを明確化すると、再現性は大きく改善します。
- 雇用統計トレードの“再現性”とは何か
- なぜ雇用統計トレードは難しいのか:構造要因を分解
- 1) スプレッドと流動性が“別世界”になる
- 2) 最初の一撃はアルゴ同士の戦争
- 3) “ヘッドライン”と“詳細”が逆向きになる
- 4) そもそも“市場が何に反応するか”が局面で変わる
- 雇用統計で勝とうとする人がやりがちな“負け設計”
- 再現性を上げる基本方針:方向当てを捨て、フェーズを分ける
- フェーズA:発表前(15:00〜21:29 NY時間相当)でやるべきこと
- フェーズB:発表直後(0〜30秒)を“やらない”戦略
- フェーズC:初動の“反転・定着”を狙う(30秒〜10分)
- 具体ルール例1:スパイク否定(フェイクアウト)狙い
- 具体ルール例2:二段階ブレイクの“定着”だけを買う
- フェーズD:NY時間の“方向性が固まった後”を拾う(10分〜数時間)
- 再現性をさらに上げるための「前提条件」チェックリスト
- 具体例:ドル円での“再現性ある設計”の組み立て方
- ケース1:発表直後に上へ急伸→すぐ戻る(フェイクアウト)
- ケース2:上下に往復→第二波で方向が決まる
- バックテストで再現性を壊す典型例
- “勝てる人”が実際にやっている現実的アプローチ
- 雇用統計トレードの実務手順:当日のルーチン
- よくある質問:結局、雇用統計はやるべきか
- まとめ:再現性の核は“イベントではなく設計”
雇用統計トレードの“再現性”とは何か
再現性は「当たるかどうか」ではなく、次の3点で定義するとブレません。
- 期待値:平均的にプラス(スリッページ・コスト込み)になっているか
- 分散:損益のブレが許容範囲に収まっているか(たまの大勝ちに依存していないか)
- 執行可能性:実際の口座・実際の時間帯で同じ条件を再現できるか(約定・スプレッド・通信)
雇用統計は「分散が大きいイベント」です。つまり、勝っているように見える期間がたまたま連続したり、逆に、良いルールでも短期的に負けが固まったりします。この性質を無視して“勝てる/勝てない”を断定すると、永遠に手法が定まりません。
なぜ雇用統計トレードは難しいのか:構造要因を分解
難しさの核心は、ファンダメンタルズ以前に「市場構造と情報構造」が普段と違うことです。
1) スプレッドと流動性が“別世界”になる
通常時のドル円が0.2銭〜0.5銭程度でも、発表直前〜直後は瞬間的に数銭〜十数銭まで跳ねることがあります。これはブローカーがぼったくっているというより、インターバンク側の流動性が薄くなり、提示レートが飛ぶためです。結果として、あなたが見ているチャート上の「理想のエントリー価格」で約定しません。
再現性が壊れる典型は、「過去チャートでの検証(理想約定)」と「実運用(現実約定)」がズレることです。雇用統計で勝てない人の多くは、ここを“見なかったこと”にしています。
2) 最初の一撃はアルゴ同士の戦争
発表直後の1〜3秒は、ニュースフィードに直結した超高速参加者(HFT、ニュースアルゴ)が優位です。個人の裁量で「数値を見て方向を選ぶ」時点で、すでに初動は終わっています。個人が同じ土俵に上がるほど、再現性は落ちます。
3) “ヘッドライン”と“詳細”が逆向きになる
NFPは増減だけでなく、失業率、平均時給、労働参加率、前月修正、産業別内訳など複数の要素が同時に出ます。ヘッドラインが強くても、平均時給が弱い、前月が下方修正、などで「最初は上、次に下」のような往復が起きます。方向当ての勝負は、これで破壊されます。
4) そもそも“市場が何に反応するか”が局面で変わる
インフレが市場テーマの局面では平均時給に反応しやすく、景気後退がテーマの局面では失業率や雇用者数に反応しやすい、というように重みづけが変わります。固定ルールで「NFPが予想より強い=ドル買い」を機械的にやると、局面変化で簡単に裏切られます。
雇用統計で勝とうとする人がやりがちな“負け設計”
- 発表直後の成行:スリッページとスプレッドで期待値が削られやすい
- 狭すぎる損切り:ノイズの往復に刈られ、勝てる局面でも負ける
- レバレッジ過多:1回の事故で口座が終わる(再現性=継続性が消える)
- “数値を当てる”発想:市場の反応は数値だけでは決まらない
- 検証が雑:過去チャート上の理想約定で勝った気になる
再現性を上げる基本方針:方向当てを捨て、フェーズを分ける
雇用統計は「発表前」「発表直後」「初動の反転・定着」「NY時間のトレンド化」など、フェーズごとに値動きの性質が変わります。勝ちやすいのは“あなたが執行できるフェーズ”だけです。
フェーズA:発表前(15:00〜21:29 NY時間相当)でやるべきこと
日本時間では通常、発表は21:30(夏時間)または22:30(冬時間)です。ここでは「予測」をしません。やることは準備だけです。
- 当日の重要イベントの確認:同日FOMC関連発言、ISM、インフレ指標などが重なると反応が歪む
- 直近のテーマ把握:市場がインフレを怖がっているのか、景気後退を怖がっているのか
- 主要レベルの抽出:前日高値・安値、ロンドン高値・安値、週足の節目
- 口座環境の確認:指標時にスプレッドがどれくらい広がるかを過去ログで把握
フェーズB:発表直後(0〜30秒)を“やらない”戦略
再現性だけを目的にするなら、発表直後の売買は原則しないのが合理的です。ここは高速組が強く、個人はコストで負けやすい。どうしてもやるなら、やることは一つだけです。
- ルール化された損失限定の小ロット(例えば通常の1/5以下)
そして、成行ではなく、逆指値・指値を含めた「執行ルール」を必ず持ちます。理由は、運が悪いと“飛び値約定”で想定外の損失になるからです。
フェーズC:初動の“反転・定着”を狙う(30秒〜10分)
個人にとって最も現実的な勝ち筋はここです。発表後、最初のスパイクが出たあとに「どちらの方向へ定着するか」を見る。方向当てではなく、スパイクの性質を観察して優位性を探します。
具体ルール例1:スパイク否定(フェイクアウト)狙い
雇用統計では「まず上に刺してから下」というフェイクアウトが頻繁に起きます。これをルール化すると再現性が出ます。
- 発表後に高値(または安値)へ急伸しても、1分足で実体が伸びず上ヒゲ(下ヒゲ)だけが目立つ
- 直前に意識されていた水平ライン(前日高値など)を一瞬だけ抜けて戻る
- 戻り始めたら、スパイク高値(安値)の少し外側に損切りを置く
- 利確は「発表前のレンジ中央」や「反対側のロンドン高値・安値」など、到達しやすい所を複数分割
ここで重要なのは「抜けたから順張り」ではなく、抜けが維持できないことに賭ける点です。フェイクアウトは発表後の流動性不足とストップ狩りが絡んで起きやすく、構造的に“起きやすい形”です。
具体ルール例2:二段階ブレイクの“定着”だけを買う
逆に、強いトレンドが出る回もあります。その場合でも、初動の一発目を追う必要はありません。
- 発表後にレンジを抜ける(第一波)
- 一度押し戻される(調整)
- 再度同方向に伸び、直近高値(安値)を更新(第二波)
この第二波だけを狙うと、スプレッドがやや落ち着いたところで参加でき、スリッページが減ります。勝率は完璧ではありませんが、執行コストが読めるので再現性が上がります。
フェーズD:NY時間の“方向性が固まった後”を拾う(10分〜数時間)
雇用統計は「雇用→金利→ドル→株」という連鎖で、その日のトレンドを作ることがあります。初動の乱高下が落ち着いた後、押し目・戻りとして入るほうが、個人の勝ちやすい局面です。
ここで使えるのは、普段のトレンドフォロー手法です。雇用統計だから特別なことをするのではなく、普段の得意手法の“場面”として扱うのが堅いです。
再現性をさらに上げるための「前提条件」チェックリスト
手法以前に、以下の条件を満たさないと期待値が出ません。
- ブローカーの指標耐性:指標時のスプレッド拡大が極端な口座は不利
- 約定方式の理解:STP/ECN系でも滑る時は滑る。約定拒否の条件も確認
- 通信と実行環境:スマホ回線の遅延で初動狙いは致命的
- ロット管理:通常時と同ロットでやると、分散の大きさで破綻する
- 損切りの置き方:近すぎる損切りは「ノイズの往復」で刈られる
具体例:ドル円での“再現性ある設計”の組み立て方
ここでは、よくある状況を例にします。数値は例であり、必ずあなたの口座のスプレッド特性に合わせて調整します。
ケース1:発表直後に上へ急伸→すぐ戻る(フェイクアウト)
発表直後、ドル円が30pips上にスパイク。しかし1分足の実体は小さく上ヒゲが目立ち、前日高値を抜けたのに定着できずレンジ内へ戻った。こういう回は「上抜けに飛びついた買い」と「ストップ狩り後の利確売り」がぶつかりやすい。
この場合、エントリーは「レンジ内へ戻ったのを確認してから」。損切りはスパイク高値の外側へ。利確は(1)発表前レンジ中央(2)レンジ下限(3)下限を抜けた場合の延長、のように分割する。1回で全部を当てにいかず、利益を“確率的に回収”する設計にします。
ケース2:上下に往復→第二波で方向が決まる
発表後、最初は上、次に下、さらに上…と往復する回もあります。こういう回に“最初の方向”を当てようとすると、勝ち負けが運になります。
再現性を上げるなら、第二波の「高値更新(安値更新)」と、その後の押し戻しが浅いことを条件にして入ります。ここではトレンドフォローに近い発想で、押し目の安値割れ(戻りの高値超え)を損切りにします。雇用統計は“急に大きな足”が出やすいので、損切り幅を狭くしようとせず、ロットを下げるのが合理的です。
バックテストで再現性を壊す典型例
雇用統計の手法検証で、最も多い事故は次の4つです。
- スプレッド固定で計算:指標時のコストを無視すると、勝って見えるだけ
- OHLCの粗いデータ:1分足のOHLCだけで“理想約定”を仮定すると過大評価
- 約定拒否・滑りを無視:現実は「約定しない/滑る」ので期待値が落ちる
- サンプル不足:月1回のイベントなので、10回程度では結論が出ない
最低でも数年分(可能なら10年近く)を見て、さらに「局面(テーマ)」の違いも分けて検証します。雇用統計はマーケット環境で反応が変わるため、一つの統計量で全部を語れません。
“勝てる人”が実際にやっている現実的アプローチ
雇用統計で長期的に残る人は、次のどれかに寄せています。
- イベント自体を避ける:指標日は持ち越しリスク管理だけして触らない
- ボラティリティを売買する発想:方向ではなく値幅を取る(個人では難易度高)
- “落ち着いてから”普段の手法で入る:得意な時間軸・得意な形だけを抜く
- 超小ロットで統計的に回す:一撃を狙わず、長期で積み上げる
派手さはありませんが、再現性はこの方向に寄るほど上がります。
雇用統計トレードの実務手順:当日のルーチン
- 発表60分前:重要レベル(前日高安、週足、ロンドン高安)をメモ
- 発表15分前:新規建ては停止。ポジション保有なら損切り再設定、ロット縮小
- 発表直後:0〜30秒は触らない(例外を作るなら小ロットでルール化)
- 1〜10分:スパイク否定か、二段階ブレイクか、形だけを見る
- 10分以降:普段の手法で押し目・戻りを狙えるか判断
- その日の上限損失:例えば口座の0.5%〜1%など、必ず上限を固定
よくある質問:結局、雇用統計はやるべきか
“やるべき”かどうかは、あなたの目的次第です。
- 短期で刺激が欲しい:雇用統計は最高の遊び場ですが、損失も早い
- 資産を増やす:再現性を求めるなら、初動勝負は避け、落ち着いてからの形に限定
- 初心者:まずは雇用統計の日は触らず「何が起きるか観察」だけで十分価値がある
雇用統計は、勝ち方を選び間違えると「たまに当たるが、長期で残らない」典型イベントになります。再現性を取りにいくなら、方向当てを捨て、フェーズを選び、コストと分散を前提に設計する。これだけで同じイベントでも結果が別物になります。
まとめ:再現性の核は“イベントではなく設計”
- 雇用統計は分散が大きく、初動は高速参加者が強い
- 方向当ての一発勝負は再現性が低い
- 個人は「30秒以降の反転・定着」や「落ち着いた後の押し目」を狙うほうが合理的
- 検証はスプレッド拡大・スリッページ込みで行い、サンプル不足に注意する
雇用統計を“特別な勝負日”から“ルールを試す実験日”に変えると、期待値が残りやすくなります。まずは次回、発表直後を触らず、10分後に普段の手法で入れる形だけを探してみてください。そこから先に、再現性のある拡張が作れます。


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