本稿では、相場に内在する「時間帯のクセ」を使って、裁量とルールベースの両面から収益機会を狙う方法を解説します。焦点は東京の仲値(9:55 JST)とロンドンFIX(16:00 London)です。為替(USD/JPY)で歴史的に観察されてきたフローの偏りを、暗号資産(BTC/ETH)にも応用する設計に落とし込みます。曖昧な相場観ではなく、事前に時間を決め、執行とリスク管理をテンプレート化することで、初心者でも再現しやすい低難度アルファを狙います。
1. なぜ「時間帯」なのか:メカニズムの骨子
価格は「いつ」取引するかで期待値が変わることがあります。要因は、(1) 企業の実需フロー(輸入・輸出)、(2) ファンドのリバランス、(3) 指数算出時刻やベンチマーク連動のリバランス、(4) 銀行の顧客約定に伴う事前ヘッジ、(5) デリバティブのロールや資金調達コストの再計算、などです。これらは「決まった時刻に集中的なフローが出やすい」というパターンを生みます。
東京9:55仲値(USD/JPY中心)
国内銀行は顧客向けに午前9:55頃の「仲値」で外貨を提示します。輸入企業のドル買いニーズがある日には、9:30〜9:55にかけて「上方向に偏りやすい」局面が生まれます。実需に伴う事前ヘッジや投機の先回りが加わると、小さくないトレンド/スパイクが出ます。
ロンドン16:00 FIX(WMR基準)
世界最大の為替決定イベントの一つ。インデックス連動のリバランスやファンドの月末・四半期末フローが絡むと、前後5〜10分でスプレッド拡大とボラ上昇が起こります。方向性は事前には一意ではありませんが、「直前の偏り→FIXで反転」や「FIX後のプライス・ディスカバリー継続」など反復的な挙動が観察されます。
暗号資産への応用
暗号資産には公式なFIXはありませんが、トラディショナル市場の時刻(東京・ロンドン・NYのオープン/クローズ、米指標発表)に流動性が集まりやすい性質があります。特にBTC/ETHは、為替の時間帯イベントと重なると板が薄くなる取引所があり、短時間の偏りやスパイクが発生しやすくなります。
2. 時刻マッピング(JST換算)
- 東京仲値:9:55 JST(観察対象帯:9:30〜10:05)
- ロンドンFIX:16:00 London=JSTで0:00(英国サマータイム中は1:00 JST)。観察対象帯:前後10〜15分。
- 米株寄り付き:9:30 New York=JSTで23:30(夏時間は22:30)。
- 米主要指標(CPI/FOMCなど):JST深夜〜早朝帯。イベント日はFIXの挙動が変質するためモード切替が必要。
3. 基本戦略の全体像(プレイブック)
以下は、初心者でも実装可能な「事前に時間を決めた戦略テンプレ」です。裁量判断を最小化し、OCOとトレーリングで出口を自動化します。
3.1 東京9:55仲値「事前ドリフト追随」
狙い:9:30→9:55の「上昇(または下落)」の継続性を取りに行く。
銘柄:USD/JPY、BTC/USDT(補助)。
下準備:9:20に15分足と出来高をチェック。直近高安・アジア時間のレンジ幅を把握。指標なし・ヘッドライン平穏が前提。
- 9:28時点での方向性を仮設定(例:ドル買い優勢)。
- 9:30に直近レンジ上端(または下端)を逆指値の指値(Stop Order)でブレイク待ち。板の薄さには指値分割。
- エントリー成立後は固定ストップ(直近スイングの内側)+利益側はOCO(ファーストテイク)とトレーリング(2段目)。
- 9:55直後の「巻き戻し」を想定し、10:05までにポジションを機械的に軽くする(1/2または全利確)。
目安:アジア時間の平均真のレンジ(ATR)から、利確幅=ATR×0.25〜0.35、初期ストップ=ATR×0.25前後。
3.2 ロンドンFIX「直前偏りのフェード」
狙い:15:50〜16:00 Londonで一方向に走った値動きの「反転」を、FIX直後に取りに行く。
銘柄:USD/JPY、EUR/USD、補助でBTC/USDT。
前提:イベントのない通常日。スプレッド拡大に注意。
- JSTで0:00(サマータイムは1:00)の5〜10分前から片側に強く動いたら、FIXの「撮影」完了を待って逆方向へ小さくフェードで入る。
- 約定はTWAPで分割(1〜3分、3〜5本)。スリッページを平準化。
- 損切りは「直前の極値+α」。利確は「直前の中間値」またはVWAP回帰。
- FIX後にもう一段のプライス・ディスカバリーが続く場合は、ストップをBE(建値)に繰り上げ、残りを伸ばす。
3.3 クリプト応用「重なりを取りに行く」
狙い:為替イベント時刻と暗号資産の薄い板が重なるタイミングに、短時間のスパイクを取りに行く。
銘柄:BTC/USDT、ETH/USDT。
実装:ロンドンFIX前後は成行を避け、逆指値の指値(Stop-Limit)でコントロール。スプレッド拡大時はサイズを半減。
4. データの取り方と簡易検証フロー
完全な統計検証は中級以上の領域ですが、初心者でも以下の最低限は実施可能です。
- 時刻別リターンの集計:15分足の始値→終値の差(pips/ドル)を、曜日×時刻で平均化。偏りの大きい帯を抽出。
- イベント除外:CPIやFOMCなど大型イベント日は除外して「通常日」の挙動を把握。
- レンジフィルタ:当日のアジアレンジが極端に狭い/広い日は別バケットで評価。
- スプレッド監視:FIX直前直後の最良気配の広がりをログ化。広がりすぎる日は見送り。
Excelでも可能です。継続して2〜3か月記録すれば、各自のブローカー/取引所に固有のクセが見えてきます。
5. 執行最適化:TWAP/VWAP/POVとOCO設計
時間帯戦略は「入る時刻が決まっている」のが強み。あとはどう入って、どう出るかをテンプレ化します。
- TWAP:一定時間に均等分割。FIX前後や仲値前の薄い板に有効。
- VWAP:出来高に比例。クリプトで板が急に厚くなる時間帯に。
- POV:市場の出来高に追随。過剰なスリッページを避けやすい。
- OCO:利確(Take)と損切り(Stop)を同時発注。心理負担を減らす。
- トレーリング:一定幅またはATR%で追従。First Take→残りを伸ばすの二段設計が基本。
6. リスク管理:サイズ、損切り、連敗制御
再現性のある時間帯でも、日によって機能しないことは当然あります。期待値は分散を伴います。
- 1トレード当たりのリスク:口座残高の0.25〜0.5%を上限の目安。
- ストップの置き方:直近スイングの内側に置かない。必ず「外側」。
- 連敗ストッパー:2連敗でサイズ半減、3連敗で当日停止。
- イベント・モード切替:大型指標日はFIX/仲値の挙動が変質しやすいのでスキップ。
7. 具体シナリオ:USD/JPY 仲値追随の一例
想定:輸入企業の実需が強く、9:25時点で前日クローズ比+0.25円。9:30に直近高値ブレイクでロング。
- エントリー:9:30、逆指値で1/2サイズ。9:33に残り1/2を成行ではなく指値で追随。
- ストップ:直近押し安値-3pips。
- 利確:First Take=+8〜12pips、残りはATR×0.3のトレーリング。
- 10:00までに1/2以上を確定。10:05でフルクローズ。
ポイントは、入る時間・出る時間が決まっているため、迷いが少ないこと。裁量の余地を限定し、数十回の試行で統計的に評価します。
8. 具体シナリオ:ロンドンFIX フェードの一例
想定:15:52 Londonからユーロ買いが加速、スプレッド拡大。16:00で撮影完了後、反転狙いのショート。
- 約定:TWAP3分割(16:00:15、16:01:00、16:01:45)。
- ストップ:直前高値+0.5×ATR(1min)。
- 利確:VWAP回帰または中間値まで。残しはBEに繰上げ。
- 継続:FIX後にトレンドが再開したら追わない。日を改める。
9. クリプト実装の注意点
- 取引所間の板厚差:同時刻でもCEX間で深さが大きく違う。アグリゲータを使うか、主要2〜3取引所の気配を並列監視。
- 資金調達率と先物ベーシス:時間帯で急変しやすい。レバレッジを使うなら、固定幅ストップを必ず置く。
- メンテナンス/サーキット:深夜帯の一部でメンテが重なることがある。事前告知の確認はルーティン化。
10. 監視ダッシュボード設計
最低限、以下のウィジェットを一画面に配置しておくと判断が速くなります。
- 時刻(JST/UTC/LDN)の並列表示。
- 1分/5分のATRとスプレッドログ。
- 出来高プロファイル(VPVR)と当日レンジのヒートマップ。
- 指標カレンダー(イベント日は自動で戦略OFF)。
11. よくある失敗と回避策
- 指標日なのに通常戦略を発動:カレンダー連動で自動停止。
- 成行で飛びつく:薄い板では致命的。Stop-Limitと分割で。
- 利確を先送り:時間指定の機械的クローズを徹底。
- サイズ過大:時間帯優位性=勝率が保証されるわけではない。常に小さく。
12. 実装チェックリスト
- 稼働市場・イベントの確認(通常日/イベント日)。
- 監視時間帯のアラート(9:28、0:55 JSTなど)。
- OCOテンプレ(ストップ・テイク・トレーリング)の事前保存。
- スプレッド・約定価格のログ保存(後学のため)。
13. ミニQ&A
Q: どの時間帯から始めるべき?
A: まずは東京9:55仲値。可視化と記録が容易で、生活リズムと合わせやすい。
Q: どの足が良い?
A: 15分と1分の併用。戦略判断は15分、執行は1分。
Q: クリプトでも意味がある?
A: 取引所ごとの板厚差が大きく、為替ほど素直ではないが、重なる時刻でのスパイク取りは再現性がある。
14. まとめ:決まった時刻×出口の自動化で、迷いを減らす
時間帯別優位性は、難しい相場観を必要としません。決まった時刻に、決まった型で入り、出口はOCOとトレーリングで自動化。負ける日も当然ありますが、小さく負けて、平均的に勝つという「プロの当たり前」を実装できます。まずは30回の試行から。数字と記録が、次の改善ポイントを教えてくれます。


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