投資信託の基準価額タイムラグを突く:NAVラグ・トレードの設計と検証フレームワーク

投資信託

投資信託(オープンエンド型)の基準価額(NAV)は、原則として前営業日の終値ベースで算出・公表されます。市場がリアルタイムで変動する一方、投信のNAVは“1日遅れ”で更新されるため、当日の市場変動を先取りして翌営業日の基準価額を高精度に推定できれば、入出金タイミングやETF・先物・個別投信の価格乖離を利用した裁定的トレード(以下、NAVラグ・トレード)で超過収益を狙えます。本稿では、そのメカニズムから実装・検証までを、初心者でも再現可能なレベルに落として解説します。

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1. 戦略の概要と収益源

収益源は“情報の非同時性”です。インデックス先物や対応ETFは当日リアルタイムで動く一方、投資信託のNAVは翌営業日に確定・公表されます。よって、当日の先物・ETFの変化量から翌日のNAV変化を予測し、予想される基準価額と市場参加者の期待のズレに賭けます。具体的な収益機会は次の3つです。

  1. 投信買付のタイミング最適化:翌日の上昇(下落)を高確率で予測できるなら、申込締切前に買付(売却)判断を行う。
  2. ETF/先物 vs 投信の裁定:ETF・先物で当日ヘッジ/先回りエントリーし、翌日の投信基準価額確定でクローズ。
  3. 指数構成差分の相対価値:複数ファンドのベンチマーク差(例:配当込み/除く、為替ヘッジ有無)による予測残差の活用。

2. 前提知識:NAV算出と申込カットオフ

多くの公募投信は当日15時締切などの申込カットオフを設け、翌営業日の基準価額で約定します(目論見書を必ず確認)。このため、当日14:30〜15:00時点での先物・為替・ETFの動きから翌日のNAVを推定できると、実行可能性が高まります。

3. データとツール:最小構成

  • 市場データ:ベンチマーク指数(例:TOPIX、S&P 500)、対応ETF(例:1306/1550、IVV/VOO)、指数先物(TOPIX先物、S&P500先物)、為替(USDJPY)。
  • ファンド情報:ベンチマーク、為替ヘッジ方針、信託報酬、基準価額公表時刻、申込カットオフ。
  • 実装環境:表計算(Excel/Google Sheets)でも可。理想はPythonでETL→回帰推定→シグナル生成→バックテスト。

4. NAV推定モデルの基本式

シンプルな一次近似から始めます。翌営業日のNAVリターン(rNAV,t+1)は、当日のベンチマーク(rIdx,t)、為替(rFX,t)、同日ETFリターン(rETF,t)の線形結合で近似できます。

<code>r_NAV,t+1  ≈  α  +  β1 · r_Idx,t  +  β2 · r_FX,t  +  β3 · r_ETF,t  +  ε_t
</code>

為替ヘッジ有無でβ2の寄与は変わります。配当込み指数を使うか、分配金落ちを補正するかでも精度が変化します。慣れてきたら、時変β(ロールリング回帰)や、ボラティリティ連動の加重、営業日差(日本・米国の祝日ズレ)のダミー変数も導入しましょう。

5. シグナル設計:閾値とコストを先に埋める

推定値とゼロの差(予測リターン)が小さい時に取引すると、手数料・スプレッドで期待値が消えます。そこで次のルールを設けます。

  • 閾値θ:|予測リターン| ≥ θ の時のみエントリー(θはコスト×2〜3倍が目安)。
  • 方向:翌日の上昇を予測→投信買付 or 当日終盤に先物/ETFロング。下落予測→逆。
  • サイズ:予測リターンと信頼区間(t値)でスケーリング。直近の外れ(残差)が大きい時は縮小。

6. 具体例:S&P500連動の日本販売投信

ベンチマークがS&P500(円建て、為替ヘッジなし)の場合、当日NY時間のS&P500先物終値(CME E-mini)とUSDJPY当日終値を使い、円建ての一日変化を合成します。簡便法は「円建てETF(1557, IVV円換算)で代替」ですが、祝日ズレ時は必ずダミーで補正します。

7. 日本株インデックス投信での応用

TOPIX連動型なら、当日のTOPIX終値と先物ラスト(大引け前の板状況も考慮)が主要説明変数です。分配金落ちや特殊イベント(ファスト入替、浮動株比率変更)日に残差が跳ねるので、イベントカレンダーで除外または縮小配分するのが堅実です。

8. 執行(Execution):締切前30分が勝負

  • 投信申込:締切14:30〜15:00の間に最終シグナルを反映。約定は翌営業日のNAVで行われます。
  • ヘッジ:同時にETF/先物で方向性リスクを抑制(翌日のNAV確定後にクローズ)。
  • コスト管理:売買手数料、為替スプレッド、先物のラウンドトリップコストをモデルに内生化。

9. リスク管理:この戦略の“落とし穴”

  1. モデルブレーク:相関構造の崩れ(例:突発イベント、休日ズレの連鎖)。対策はポジション上限・連敗ストップ。
  2. 発注・約定リスク:投信は当日値で約定できない。翌日のギャップで思惑が外れる可能性。
  3. 為替リスク:ヘッジなし外株型はUSDJPYの変動寄与が大きい。
  4. 税務・ルール差:投信、ETF、先物で税制・コストが異なる。純利益ベースで評価。

10. バックテスト手順(再現可)

  1. 対象ファンドの公表NAV時系列を取得。
  2. 同日の指数・先物・ETF・為替の終値を整備。
  3. ロールリング回帰(例:直近60営業日)でβを推定。
  4. 締切T-30分時点の当日リターンから翌NAVを予測。
  5. 閾値θでシグナル生成、翌日の約定NAVで損益を算出。
  6. 取引コスト・税を差し引き、シャープ、ドローダウン、勝率を評価。

注意:サバイバーシップバイアス排除(償還ファンドも含む)、先見バイアス回避(当時入手可能データのみ使用)、執行可能性(締切ルール厳守)を徹底します。

11. 応用:マルチファンド・ペアトレード

同一ベンチマークでも「ヘッジ有/無」「信託報酬」「為替決済タイミング」などで翌日のNAV変化に微差が出ます。Aファンド上振れ予測、Bファンド下振れ予測ならロングA/ショートBの相対価値取引で市場方向性を中立化できます。

12. 実装チェックリスト

  • 対象ファンドの目論見書で約定ルール/締切の確認
  • 祝日カレンダー(日本/米国)
  • コストテーブル(売買手数料、先物証拠金、為替スプレッド)
  • ガバナンス(ポジション上限、連敗閾値、ストップロス)

13. 初心者向けQ&A

Q: 予測が外れたら?
A: 小さなサイズから始め、連敗が所定回数で自動停止。ヘッジ手段(ETF/先物)で方向性を抑える。

Q: どのファンドでも有効?
A: ベンチマークが透明で、データ入手が容易な大型インデックス型が適合度高。

14. まとめ:小さな歪みを積み上げる

NAVラグ・トレードは、大きくは儲からない日が多い代わりに、統計的に優位な微小エッジを積み上げる設計です。重要なのはコスト内生化・閾値運用・ガバナンス。まずは紙上シミュレーション→少額運用→運用ルール固定の順で段階的に進めましょう。

付録:簡易式と擬似コード

<code>
# 翌NAV推定の擬似コード
beta = RollingOLS(NAV_ret.shift(-1) ~ Idx_ret + FX_ret + ETF_ret, window=60).fit()
pred = beta.intercept + beta.b1*Idx_ret_today + beta.b2*FX_ret_today + beta.b3*ETF_ret_today
signal = 1 if pred >= theta else (-1 if pred <= -theta else 0)
position_size = clip( abs(pred)/vol_target , 0, max_notional ) * sign(signal)
# 約定ルールは目論見書のカットオフに従う
</code>

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