「セル・イン・メイ(Sell in May and go away)」は、5月に株を売って夏場は距離を置き、秋以降に戻るという季節性の格言です。知名度が高い一方で、初心者がそのまま真似すると失敗しやすいのも事実です。理由は単純で、格言は“ルール”ではなく“観察”に過ぎず、いつ・何を・どの程度という運用条件が欠落しているからです。
本記事は、セル・イン・メイを「信じる/信じない」の話にせず、検証→ルール化→運用の順番で、再現性のある投資判断に落とし込む方法を解説します。対象は株式・ETFを中心に、必要に応じて先物・オプションの考え方も紹介します(ただし損失が大きくなり得るため、初学者は最後の章まで読んでから扱ってください)。
- 1. 「セル・イン・メイ」の正体:格言が指す“季節性”とは何か
- 2. 初心者がまず理解すべき3つの落とし穴
- 3. 「格言」から「シグナル」に変える:検証の最短ルート
- 4. ルール設計の基本:初心者がやるべきは「売り切り」ではなく「リスク量の調整」
- 5. “季節性だけ”で勝とうとしない:相場環境フィルターを足す
- 6. 具体例で理解する:3つの“ありがちな年”と行動パターン
- 7. 「いつ売るか」より「いつ戻るか」:リ・エントリー設計が勝敗を分ける
- 8. 初心者がやりがちな“過剰最適化”を避ける
- 9. 実装の選択肢:現物ETF、先物、オプション(初心者は順番が重要)
- 10. 「セル・イン・メイ」をポートフォリオに組み込む発想
- 11. まとめ:初心者が押さえるべき結論
- 12. スプレッドシートでできる簡易検証:難しい統計は不要
- 13. 日本株で運用する場合の注意点:米国の格言をそのまま当てはめない
- 14. 実際に使う前のチェックリスト
1. 「セル・イン・メイ」の正体:格言が指す“季節性”とは何か
セル・イン・メイは、歴史的に5月〜10月の株式リターンが相対的に弱く、11月〜4月が強いという傾向を踏まえた格言です。ここで重要なのは、格言が意味するのは「必ず下がる」ではなく、平均的に見た期待値が相対的に低いという話だという点です。
季節性(シーズナリティ)は、以下のような要因が複合して生まれます。
・企業・投資家の行動パターン:休暇、決算、予算執行、税制、配当、リバランスなどのカレンダー要因。
・流動性の偏り:夏場は市場参加者が減り、薄い板で値が飛びやすい(=下げやすい、または急変しやすい)。
・イベント密度:米国は夏前後に政策・マクロの変化が出やすい年もあり、リスクプレミアムが動きやすい。
ただし、これらは「毎年同じ強さで出る」とは限りません。だからこそ、格言を運用に使うなら条件付きのシグナルに作り替える必要があります。
2. 初心者がまず理解すべき3つの落とし穴
落とし穴①:単純な月別平均だけで判断する
よくある誤解は、「5月〜10月は弱い→毎年5月に売ればいい」という短絡です。月別平均は、強い年と弱い年が混ざった結果です。平均が弱くても、特定の年は夏場に大きく上昇します。たとえば、金融危機後の回復局面や、利下げ局面などでは夏場でも上昇し得ます。
落とし穴②:市場(国)を混同する
セル・イン・メイは主に米国株で語られがちですが、日本株は決算期・配当・機関投資家の行動が異なります。日本は3月決算・6月株主総会・9月中間期などの影響があり、単純に米国の格言を輸入するとズレることがあります。まずは自分が取引する市場の季節性を確認することが先決です。
落とし穴③:コストと税を無視する
売買回数が増えるほど、手数料・スプレッド・税金(利益確定)などで期待値が削られます。季節性は差が小さいことも多いため、コスト負けが起きやすい領域です。特に、現物を売って買い戻す戦略は、税制(課税口座)によって実効リターンが大きく変わります。
3. 「格言」から「シグナル」に変える:検証の最短ルート
ここからが実務です。初心者でも再現できるように、検証の手順をできるだけ単純化します。ポイントは、凝った統計ではなく、意思決定に必要な最低限の確認に絞ることです。
手順①:対象を1つに固定する
まずは対象を1つに固定します。例として、米国株ならS&P500連動ETF、日本株ならTOPIX連動ETFなど、指数連動が扱いやすいです。個別株は銘柄固有要因が強すぎて季節性の確認が難しくなります。
手順②:期間を十分に取る
短期間(例えば過去3年)ではノイズが大きすぎます。目安として、少なくとも10年、できれば20年以上で確認します。期間が長いほど、格言が“たまたま”なのか“傾向”なのかを見分けやすくなります。
手順③:「5月〜10月 vs 11月〜4月」を比較する
最初の比較はシンプルで構いません。以下の2期間のリターン(できれば配当込み)を比較します。
・冬期:11月〜4月
・夏期:5月〜10月
ここで見るべきは「平均」だけではありません。勝率(プラスの年の割合)と、最大ドローダウン(最大下落幅)も見ます。初心者にとって重要なのは“当たりやすさ”より“致命傷を避けること”だからです。
手順④:分布を見る(“夏場の暴落年”がどれだけあるか)
季節性の価値は、平均リターンの差よりも、大きな下落が集中するかにあります。夏場に暴落が起きやすいなら「ポジションを落とす」ことに意味が出ますし、そうでないなら単なる迷信になります。
4. ルール設計の基本:初心者がやるべきは「売り切り」ではなく「リスク量の調整」
セル・イン・メイの運用で初心者に推奨しやすいのは、売ってゼロにするのではなく、リスク量を落とすという設計です。理由は以下の通りです。
・外したときの機会損失が大きい:夏場の上昇を取り逃す。
・タイミング依存が強い:1日ズレただけでパフォーマンスが変わり得る。
・税金と売買コストが重い:頻繁な利確・買い戻しが不利。
具体的なルール例(初心者向け)
以下はあくまで“型”です。数値はあなたのリスク許容度に合わせて調整します。
ルールA:夏期は保有比率を70%に落とし、残りは現金(または短期債ETF)
・11月〜4月:株式ETF 100%
・5月〜10月:株式ETF 70%+現金/短期債 30%
この設計は「夏場に弱い傾向があるなら、下落のダメージを軽くし、強かったらそれなりに恩恵も受ける」というバランス型です。売り切りより再現性が高く、心理的にも継続しやすいです。
ルールB:夏期は“入れ替え”ではなく“ヘッジ”を薄くかける
・現物(ETF)は持ち続ける
・夏期だけ、指数の弱含みに備えてヘッジ(例:小さめの先物売り、またはプロテクティブ・プット)
ヘッジは難易度が上がりますが、「長期のコアは維持しつつ、季節性の弱点だけを抑える」という思想です。オプションはコスト(プレミアム)がかかるため、ヘッジの目的と支払うコストの上限を先に決める必要があります。
5. “季節性だけ”で勝とうとしない:相場環境フィルターを足す
セル・イン・メイを実際の投資判断に耐える形にするなら、季節性の上に相場環境フィルターを乗せるのが合理的です。初心者向けに、難しい指標を使わずに説明します。
フィルター①:トレンド(移動平均)
代表例として、指数が200日移動平均を上回っているかを確認します。上回っているなら「強いトレンドの可能性」、下回っているなら「弱いトレンドの可能性」が高まります。
運用例
・5月になったら機械的に売るのではなく、
(1)指数が200日線の上なら:比率を少し落とすだけ(例:100%→80%)
(2)指数が200日線の下なら:比率を大きく落とす(例:100%→50%)
これにより、夏場でも強い上昇トレンドが出ている局面では機会損失を抑え、弱い局面では守りを厚くできます。
フィルター②:金利とリスクオン/オフ
初心者でも観察しやすいのは、「金利が急上昇しているか」です。米国の長期金利が急騰すると、グロース株やハイテクに逆風になりやすく、夏場の薄い流動性と重なると下落が加速することがあります。逆に、金利が落ち着いているなら、季節性の弱さが出にくい年もあります。
フィルター③:ボラティリティ(VIXなど)
VIXが低位で推移しているときは、夏場でも急変が起きにくいことがあります。一方、VIXが上昇基調に入っている場合、薄い流動性の局面で下落が増幅しやすいです。季節性は「弱い月だから売る」ではなく、急変の確率が上がる局面でリスクを抑えるために使うと筋が良いです。
6. 具体例で理解する:3つの“ありがちな年”と行動パターン
ここでは架空の例で、季節性をどう扱うかをイメージ化します。実在銘柄の推奨ではなく、判断の型を示します。
ケース1:冬に大きく上げた後、春に過熱感がある年
・11月〜4月で指数が大きく上昇
・PERが拡大、ニュースも強気一色
・5月に入っても上昇は続くが、値幅は荒くなる
行動:5月に「全部売る」のではなく、保有比率を少し落として利益の一部を確保し、急落時に買い増しできる現金を用意します。さらに、急変が怖いなら小さめのヘッジを検討します。目的は“当てる”ではなく、過熱の調整を受けても致命傷を避けることです。
ケース2:冬から下げ続け、春も弱い年(弱トレンド)
・指数が200日線を下回る
・マクロ指標が悪化し、利回りが急変
・5月以降は薄い板で売りが出やすい
行動:このケースで「セル・イン・メイ」は機能しやすい傾向があります。比率を大きく落とし、戻り局面で少しずつ再構築します。ここで重要なのは“いつ戻るか”を決めておくことです。例えば「11月に戻す」だけでなく、「トレンドが回復したら戻す」など、再エントリー条件をルール化します。
ケース3:夏場に政策転換や急回復が起きる年
・5月に入っても弱含むが、夏に利下げや金融緩和などのサプライズが出る
・指数が急反発し、売っていた人が置いていかれる
行動:このケースで売り切りは致命的です。だからこそ、初心者向けには「比率調整」や「ヘッジを薄く」に留める設計が有利です。季節性は万能ではなく、イベントが起きれば簡単に上書きされると理解しておく必要があります。
7. 「いつ売るか」より「いつ戻るか」:リ・エントリー設計が勝敗を分ける
セル・イン・メイで最も難しいのは、実は売りではなく買い戻しです。秋に戻ると言っても、相場は11月1日に都合よく反転しません。初心者が迷わないための設計を提示します。
買い戻しルール例
ルールC:固定日+条件の組み合わせ
・基本は11月上旬に段階的に戻す(例:2回に分けて)
・ただし、指数が200日線を下回っている場合は戻しを遅らせる
固定日だけだと、下落トレンドの最中に買い戻してしまうことがあります。条件だけだと、いつまでも戻れず機会損失が拡大します。両方を組み合わせると、判断が単純になり、継続しやすくなります。
8. 初心者がやりがちな“過剰最適化”を避ける
季節性は検証しやすい分、罠として過剰最適化(カーブフィッティング)が起きやすいです。たとえば「5月の第2週に売って、10月の第3週に買う」など、細かく刻むほど過去には当たりやすく見えますが、将来には通用しにくくなります。
回避策はシンプルです。
・ルールは粗くする:月単位、もしくは2つの期間に分ける程度に留める。
・検証期間を分ける:過去を前半/後半に分け、前半で作ったルールが後半でも機能するか見る。
・相関が高いルールを増やさない:似た指標を重ねると、結局同じことを見ているだけで効果が増えない。
9. 実装の選択肢:現物ETF、先物、オプション(初心者は順番が重要)
実装手段は複数ありますが、初心者は段階を踏むべきです。難易度が上がるほど、ルールが正しくても運用で負けやすくなります。
(1)現物ETFで比率調整:最も再現性が高い
前述のルールAのように、夏期だけ比率を落とす方法です。シンプルで、損失が限定されやすく、運用の失敗要因が少ないです。
(2)先物でヘッジ:効率は高いが損失が大きくなる可能性
先物は少額で大きなヘッジが可能ですが、証拠金取引である以上、急変時の損失や追証リスクを理解する必要があります。初心者は「小さく始め、最大損失を事前に決める」以外の運用は避けるべきです。
(3)オプションで保険:コストとタイミングの管理が難しい
プロテクティブ・プットは下落時に効きますが、平常時はプレミアムがコストになります。季節性の差が小さい年だと、保険料負けになり得ます。扱うなら、支払ってよい保険料(年率)を先に決め、買う期間・満期・枚数を固定するなど、機械的にします。
10. 「セル・イン・メイ」をポートフォリオに組み込む発想
初心者が季節性で最も得やすいメリットは、「当てにいく」ことではなく、リスクの平準化です。たとえば、長期投資のコア(指数ETF)は維持しつつ、夏場だけリスク資産比率を少し落とすことで、ドローダウンが減り、結果として継続しやすくなることがあります。
ここでのゴールは、短期で最大リターンを狙うことではなく、投資を途中でやめない仕組みを作ることです。季節性はその補助輪として使うのが最も合理的です。
11. まとめ:初心者が押さえるべき結論
セル・イン・メイは、単なる迷信でも万能ルールでもありません。投資判断に使うなら、次の3点を守ることで“事故率”を下げられます。
(1)売り切りではなく、リスク量の調整で使う
(2)相場環境フィルター(トレンド等)を最低1つ入れる
(3)「いつ戻るか」を事前にルール化する
格言をそのまま信じるのではなく、検証して、粗いルールにして、継続できる形に落とし込む。この順番を守れば、季節性アノマリーは“儲け話”ではなく、運用を安定させるための実用ツールになります。
12. スプレッドシートでできる簡易検証:難しい統計は不要
「検証」と聞くとプログラミングが必要に思えますが、初心者はスプレッドシートでも十分です。目的は学術論文ではなく、自分が使うルールが“コストを払ってでも意味があるか”を確かめることです。
(A)価格データを用意する
・対象ETF(例:指数連動)の月末終値を、できるだけ長期で取得します。
・配当込みを厳密にやるのが難しい場合、まずは価格ベースで比較しても構いません(ただし配当利回りが高い資産では誤差が出ます)。
(B)期間リターンを計算する
・各年について、4月末→10月末のリターン、10月末→4月末のリターンを計算します。
・次に、夏期と冬期の「平均」「中央値」「勝率(プラス比率)」「最大下落」を並べます。
(C)売買コストを差し引く
・往復の手数料+スプレッドを、保守的に見積もって差し引きます。
・ここで差し引いた後も差が残るなら、季節性を使う意味があります。残らないなら、季節性を理由に売買するのは合理的ではありません。
(D)“ずらし”耐性を確認する
・5月1日売り/11月1日買いだけでなく、1〜2週間ずらした場合も同じ傾向かを見ます。
・少しずらすと成績が崩れるなら、そのルールは偶然に依存しており、将来の再現性が低い可能性が高いです。
13. 日本株で運用する場合の注意点:米国の格言をそのまま当てはめない
日本株で季節性を扱う場合、米国とは異なる“カレンダー要因”が効きます。代表的なものだけ押さえておくと、誤作動が減ります。
・3月決算と配当の影響:権利取り・権利落ち、配当再投資、期末の需給などが日本株特有の値動きを作ります。
・6月の株主総会:ガバナンスイベントが集中し、ニュースフローが増えます。
・海外投資家比率:日本株は海外勢のフローの影響が大きく、米国イベント(FOMC等)でリスクオン/オフが切り替わると、季節性よりもそちらが支配する年があります。
結論として、日本株では「5月に売る」よりも、(1)3月〜6月の需給イベントと、(2)夏場の薄商いを分けて考える方が実務的です。セル・イン・メイは“参考情報”として扱い、最終判断はトレンドやボラティリティで行う方が事故が減ります。
14. 実際に使う前のチェックリスト
最後に、初心者が運用前に確認すべき項目を“文章で”整理します。ここを飛ばすと、ルールがあっても運用で負けます。
チェック1:目的は何か
「夏に儲けたい」ではなく、「夏のドローダウンを減らす」「急変時に資金を残す」など、目的を明確にします。目的が曖昧だと、少し外れただけでルールを捨てます。
チェック2:最大損失を想定しているか
比率調整でも、相場が急落すれば損失は出ます。自分が耐えられる下落幅(例:資産の何%)を言語化し、その範囲に収まるポジション量にします。
チェック3:戻す条件が決まっているか
売る理由より、戻す理由が重要です。「11月に戻す」「トレンド回復で戻す」など、少なくとも1つは固定します。
チェック4:ルールを年1回はレビューする
市場構造は変化します。季節性が弱まることもあります。年1回、同じ手順で検証し直し、差が消えているなら無理に使い続けない判断も必要です。


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