「セル・イン・メイ(Sell in May)」は、株式市場の有名な季節性アノマリーです。言葉だけが一人歩きしやすく、「5月に売って秋に買い戻せば勝てる」といった単純な話として語られがちですが、実際はもっと複雑です。
本記事では、セルインメイを“信じる/信じない”の宗教論争ではなく、検証可能な仮説として扱い、初心者でも再現できる形で「どう調べ、どう使い、どこで事故るのか」を具体例付きで解説します。結論から言うと、セルインメイは万能の必勝法ではありません。しかし、ルール化・検証・リスク管理をセットにすれば、ポートフォリオ運用の“補助輪(オーバーレイ)”として機能する余地があります。
- セルインメイとは何か:格言の正体を分解する
- なぜ季節性が生まれるのか:それっぽい理由ではなく“起点”を押さえる
- まずやるべきは「自分の市場」での検証:日本株と米国株で話が違う
- セルインメイを「戦略」に落とす:売る/買うの二択にしない
- 「効く年」と「効かない年」を分ける:セルインメイを条件付きルールにする
- 初心者向け・具体的な運用テンプレ:3つの“現実的”ルール
- 失敗パターン集:セルインメイで損する典型
- セルインメイの“使いどころ”:投資家が得をしやすい3つの場面
- まとめ:セルインメイは「検証→条件化→運用」の順で初めて武器になる
- 自分で検証する手順:バックテストの“見方”を具体例で理解する
- 実戦シナリオ:4月末に“何を見て”どう動くか
セルインメイとは何か:格言の正体を分解する
セルインメイは、英語圏で「Sell in May and go away」として知られます。直訳すれば「5月に売って、(夏は市場から)いなくなれ」。背景には、5月〜10月の株式リターンが弱く、11月〜翌4月のリターンが強いという“季節性の偏り”がある、という主張があります。
ここで重要なのは、セルインメイが示すのは「特定の月に必ず下がる」ではなく、期間の平均的な期待値が違うかもしれないという点です。つまり、個別年の値動きはバラバラでも、長期で見ると差が出る可能性がある、という話です。
よくある誤解(初心者がハマるポイント)
セルインメイ周りの誤解は、だいたい次の3つに集約されます。
- 誤解1:「5月に売れば、その年は必ず儲かる」→ 年によっては夏に大上昇する。
- 誤解2:「株は5月から10月は下がる」→ 下がる年もあれば、横ばい・上がる年もある。
- 誤解3:「指数で効くなら個別株でも効く」→ 個別株は業績・需給・材料が強く、季節性が埋もれやすい。
したがって、セルインメイは「売り買いの絶対法則」ではなく、運用のタイミングを考える補助情報として扱うのが現実的です。
なぜ季節性が生まれるのか:それっぽい理由ではなく“起点”を押さえる
セルインメイの説明として、よく「夏枯れ」「バカンス」「出来高が薄いから」などが挙げられます。これらは直感的には分かりやすい一方で、原因をそれだけに決め打ちすると、検証が雑になります。
初心者がやるべきは、理由の断定ではなく、季節性を生む“起点”を複数仮説として並べることです。代表的な仮説を、実務的に使える形で整理します。
仮説A:リスク資産の「保険料(リスクプレミアム)」が時期で変動する
株式はリスク資産なので、投資家はリスクに対する見返り(プレミアム)を要求します。この“要求量”は、経済環境やセンチメントで変化します。夏場はイベントが多く(地政学、政策、決算の谷間など)、不確実性に敏感な投資家がポジションを軽くしやすい、という仮説です。
仮説B:機関投資家の資金フローと決算・配当サイクル
市場は「情報」だけでなく「フロー」で動きます。四半期・半期の区切り、分配金、年金・投信の資金流入出、こうしたフローが特定時期に偏ると、指数の需給にクセが出ます。セルインメイは、こうしたフローの合成結果として現れる可能性があります。
仮説C:投資家心理の季節性(ニュースの質・市場参加の熱量)
相場は人間の集合行動です。夏はマーケットの参加者が分散し、出来高が細りやすい。出来高が薄いと、悪材料への反応が相対的に大きくなったり、逆に上昇局面での追随が弱くなったりします。これは値動きの“質感”として体感しやすいポイントです。
まずやるべきは「自分の市場」での検証:日本株と米国株で話が違う
セルインメイの議論は米国株中心で語られることが多いですが、日本株で同じように効くとは限りません。理由は単純で、日本株は為替、海外投資家比率、配当・決算スケジュール、指数イベントなどの影響が大きく、季節性アノマリーが別の要因で上書きされやすいからです。
検証の基本設計(初心者でもできる)
難しい数学は不要です。最低限、次の設計で“当たり外れ”ではなく“傾向”を見ます。
- 対象:日経平均、TOPIX、S&P500、NASDAQ100など「指数」から始める
- 期間:できれば20年超(短いとたまたまが混ざる)
- 比較:「11月〜4月」 vs 「5月〜10月」のリターン差
- 指標:平均リターンだけでなく、勝率、最大ドローダウン、ボラティリティも見る
- コスト:売買コスト・税・スプレッド(ETF/先物)を差し引く前提で考える
重要なのは、平均リターンだけを見て「効く!」と断定しないことです。平均が高くても、ドローダウンが深いなら初心者の運用ではメンタル破綻します。逆に平均差が小さくても、リスクが下がるなら価値があります。
セルインメイを「戦略」に落とす:売る/買うの二択にしない
セルインメイをそのまま「5月に全部売る」戦略にすると、失敗しやすいです。理由は、相場は「上がるか下がるか」よりも、「どれくらいの幅で動くか」「どの速度で動くか」が重要だからです。
実務的には、セルインメイをポジションサイズ調整やヘッジとして使うのが合理的です。ここでは、初心者が現実に運用しやすい3つの型を示します。
型1:リスク量を落とす(現金比率を上げる)
最も単純で、事故りにくいのがこれです。5月〜10月は「株100%」をやめて、例えば「株70%+現金30%」のようにリスク量を落とします。上昇相場を取り逃がす可能性はありますが、暴落を食らったときの致命傷を減らせます。
具体例:あなたが毎月インデックス積立をしているとします。5月〜10月だけ積立額を変えるのではなく、保有残高の一部を現金(または短期債ETFなど値動きの小さい資産)に移すという発想です。積立は続けつつ、既存ポジションのリスクだけ調整する。これなら生活習慣も崩れにくいです。
型2:ヘッジをかける(指数先物・インバース・プット)
「売りたくないが下落が怖い」局面ではヘッジが有効です。ただし初心者は、ヘッジを“保険”ではなく“投資”として扱いがちで失敗します。ヘッジはあくまで損失を限定するためのコストです。
現物中心なら、インバースETFや先物、オプション(プット)など選択肢がありますが、初心者はまず「小さく、短く、目的を限定」が鉄則です。例えば、保有株の30%相当だけインバースを持つ、あるいは「急落が来たときの精神安定剤」として少額のプットを持つ、といった設計です。
型3:銘柄・セクターを入れ替える(夏に強い“質”へ)
セルインメイの期間は、成長株のバリュエーション調整が起きやすい、という見方があります。そこで「売る」代わりに、ボラティリティが低めの銘柄群に寄せる方法があります。
具体例:指数ETFをコアにしつつ、5月〜10月は高β(値動きの大きい)セクター比率を落とし、生活必需品・通信・ヘルスケアのようなディフェンシブ寄りにする。日本株なら、為替感応度が高い銘柄やテーマ株を減らし、内需・高配当・資本効率改善が進む銘柄に寄せる。こうした“質”の調整が、セルインメイを現実の運用に落とすコツです。
「効く年」と「効かない年」を分ける:セルインメイを条件付きルールにする
セルインメイが難しいのは、効く年と効かない年が混在することです。初心者はここで「外れた、もう使えない」と投げがちです。しかし、アノマリーは“条件付き”で強弱が出ることが多い。そこで、セルインメイをフィルター付きにすると実戦投入しやすくなります。
フィルター1:金利トレンド(長期金利が上昇局面か)
長期金利が上昇基調のときは、グロース株の割引率が上がり、バリュエーションが圧縮されやすい。その結果、夏場の調整が深くなることがあります。逆に金利低下局面では、リスク資産に追い風になりやすく、セルインメイは効きにくいことがあります。
フィルター2:ボラティリティ水準(VIX等が高いか低いか)
恐怖指数が高い局面は「すでに悲観が進んでいる」可能性があり、夏場に売るのが遅すぎるケースがあります。逆にVIXが低すぎるときは、油断が広がっており、夏場にショックが起きたときの下落が大きくなりやすい。セルインメイを“売りサイン”として使うのではなく、リスク量の調整トリガーとして使うのが安全です。
フィルター3:トレンド状態(移動平均の上か下か)
トレンドが上向き(例えば200日移動平均線の上)なら、セルインメイ期間でも下落は浅く、押し目買いが入りやすい。一方で下向き(200日線の下)なら、夏場の弱さが下落トレンドを加速しやすい。初心者には「指数が長期移動平均線の上ならフル売却はしない」といった単純ルールが有効です。
初心者向け・具体的な運用テンプレ:3つの“現実的”ルール
ここからは、机上の理屈ではなく、初心者が実際にやれる形に落とします。あくまで教育目的の例であり、必ず利益を保証するものではありません。とはいえ、ルールが具体的でないと実装できないので、テンプレとして提示します。
テンプレA:コア積立は止めず、リスク調整だけする
多くの初心者は積立投資をしています。この場合、セルインメイで積立を止めると、習慣が崩れやすい。そこで、積立は継続し、リスク調整は「既存保有分」で行います。
- 4月末:指数ETFの保有比率を「90%→70%」へ(20%分は現金や短期債へ)
- 5月〜10月:毎月の積立は通常通り継続(ドルコスト平均法を壊さない)
- 10月末:状況を見て「70%→90%」へ戻す(戻しは一括でなく2回に分けてもよい)
この設計の強みは、セルインメイが外れて上昇しても、積立分は市場に残るため「完全に置いていかれる」感覚が減る点です。弱点は、相場が強い年はリターンが目減りすること。つまり「安定性を買う」運用です。
テンプレB:トレンドフィルター付きセルインメイ(外れ年を減らす)
セルインメイが効きにくいのは、強い上昇トレンドが続く年です。そこでトレンドフィルターを入れます。
- 4月末時点で指数が200日移動平均線の上:現金化は10%だけ(軽い調整)
- 4月末時点で指数が200日移動平均線の下:現金化は30%(強い調整)
- 5月〜10月に指数が200日線を明確に上抜け:段階的に戻す
これで「強い相場で売りすぎる」ミスを減らせます。初心者がやりがちな“極端な判断”を避けるのが目的です。
テンプレC:夏場は「イベント対応モード」に切り替える
セルインメイ期間は、季節性よりも突発イベントで負けることが多い。そこで、期間を「守り」の運用モードに切り替えます。
- 損切りラインを広げすぎない(ナンピンをルール化しない限り控える)
- テーマ株・材料株の比率を下げる(ボラが高いと夏枯れで上下に振られる)
- 指標・イベント(米国雇用統計、FOMC、決算ピーク)前後はポジションを軽くする
これはセルインメイを“売買”ではなく“行動規範”として使うやり方です。初心者にとっては、こちらの方が実務的に効きやすいこともあります。
失敗パターン集:セルインメイで損する典型
ここは重要なので、具体的に書きます。セルインメイで損する人は、たいてい同じ罠に落ちます。
失敗1:5月に全力で売って、夏の上昇に乗れず焦って高値で買い戻す
セルインメイが外れる年は、夏でも上がります。全売却すると、上昇を見て焦り、結局高値で買い戻して往復ビンタになります。対策はシンプルで、「全売り」をやめて、リスク調整(部分売却)にとどめることです。
失敗2:ヘッジが“投機”になり、ヘッジ単体で損を広げる
インバースやプットを持った瞬間から、損益が気になってしまい、ヘッジ自体を当てにいく人がいます。ヘッジは保険です。保険料(コスト)を払う代わりに、破滅確率を下げる。目的を忘れると損します。
失敗3:個別株でセルインメイをやって、決算や材料で吹き飛ばされる
個別株は季節性よりも、決算・ガイダンス・需給・テーマで動きます。セルインメイで売った後に好材料が出て上がる、または売らずに持っていたら悪材料で急落する。これが普通に起きます。初心者はまず指数で検証し、個別株に適用するなら「指数の弱さ+個別の弱さ」が重なるときだけ、という限定条件にするのが安全です。
セルインメイの“使いどころ”:投資家が得をしやすい3つの場面
最後に、セルインメイが実戦で意味を持ちやすい局面をまとめます。ここがこの記事の“儲けのヒント”に最も近い部分です。
場面1:過熱相場の利益確定を“正当化”したいとき
相場が過熱していると、「利確したいが、まだ上がるかもしれない」という迷いが出ます。ここでセルインメイを“トリガー”として使うと、判断がぶれにくい。例えば「4月末に一部利確」「残りはトレンド次第」といったルールが作れます。利確は感情よりルールが強いです。
場面2:ポートフォリオのリスクを定期的に点検する“儀式”にする
初心者が中長期で負ける最大要因は、リスクを放置して一度の大きな下落で資金を失うことです。セルインメイを「毎年5月にリスク点検をする日」として使うと、自然にリバランスが入ります。勝つための第一歩は、生き残ることです。
場面3:指数イベントやマクロイベントが重なる年の“守り”
夏場に、政策イベント(金融政策の方向転換)、地政学、景気後退懸念、信用不安などが重なると、薄い出来高の中で急落が起きることがあります。セルインメイは予言ではありませんが、守りを早めるきっかけとして機能します。リスクを少しでも減らしておくと、急落時に“買い向かう余力”が残り、結果的にリターン改善につながることがあります。
まとめ:セルインメイは「検証→条件化→運用」の順で初めて武器になる
セルインメイは、単独で相場を当てる魔法ではありません。価値が出るのは次の順番で扱ったときです。
- 検証:自分が投資する市場・指数で、長期データで傾向を見る
- 条件化:金利・ボラ・トレンドなどのフィルターで“外れ年”を減らす
- 運用:全売りではなく、リスク調整・ヘッジ・質の入れ替えとして使う
初心者がセルインメイから得られる最大の学びは、「市場には季節性があり得る」こと以上に、相場格言をそのまま信じず、自分で検証して運用ルールに落とすという姿勢です。これができるようになると、他のアノマリーやイベント(指数リバランス、決算後の需給、金利イベント)も同じ型で扱えるようになり、長期的に勝ち筋が増えます。
自分で検証する手順:バックテストの“見方”を具体例で理解する
「検証が大事」と言われても、何を見ればいいか分からない人が多いはずです。ここでは、エクセルや無料のチャートサイトでも理解できるように、バックテスト結果の読み方を具体的に説明します。数値は環境や期間で変わるので、あなた自身のデータで再計算してください。ここで学ぶのは“見方”です。
ステップ1:まずは「年ごとの損益」を並べる
セルインメイは平均の話なので、年ごとのブレを見ないと危険です。例えば、ある指数で「11月〜4月は強い」という結果が出ても、年ごとに見ると以下のような形になり得ます。
具体例(イメージ):11月〜4月はプラスの年が多いが、数年に1回だけ大きくマイナスの年がある。一方、5月〜10月は小さなマイナスが多いが、ときどき大きくプラスの年がある。こういう分布だと、平均だけを見て売買すると、当たり年・外れ年でメンタルが揺さぶられます。
ステップ2:平均リターンより先に「最大ドローダウン」を見る
初心者にとって重要なのは、リターンよりもまず“死なないこと”です。最大ドローダウンは、ピークからボトムまでの下落率で、資金の耐久力を測れます。
具体例:通常の買いっぱなし運用の最大ドローダウンが-50%になり得る指数でも、セルインメイを「部分現金化」にすると-40%に浅くなる可能性があります。ここでポイントは、10%の差は体感上は別世界だということです。-50%は回復に+100%必要ですが、-40%は回復に+66.7%で済みます。長期ではこの差が効きます。
ステップ3:「売買コスト」と「税」を現実に近づけて引く
バックテストでよくあるミスは、コストをゼロ扱いすることです。ETFなら売買手数料が低くても、スプレッドはあります。頻繁に切り替えると、細かいコストが積み上がります。また、課税口座だと利確のたびに税で複利が削れます。
だから、セルインメイのルールは「毎年1回の調整」程度にとどめ、トレード回数を増やさない方が初心者向きです。勝ちやすいのは、派手な売買ではなく、地味なコスト管理です。
ステップ4:検証のゴールは「儲かった」ではなく「運用できる」
セルインメイの検証で目指すべきゴールは、最高リターンではありません。あなたが継続できるリスク量で、ドローダウンを抑えつつ、納得できるリターンが出るかどうかです。
具体例:セルインメイでリターンが少し下がっても、下落局面でのストレスが減り、投げ売りを防げるなら、結果として長期パフォーマンスは改善し得ます。初心者が勝つには、分析よりも行動(投げない、過剰にレバをかけない)を変える方が効くことが多いからです。
実戦シナリオ:4月末に“何を見て”どう動くか
最後に、4月末にチェックすべき項目を、実戦の意思決定フローとしてまとめます。これは「占い」ではなく、判断を固定化してミスを減らすための手順です。
チェック1:指数は長期トレンドの上か下か
まず、S&P500やTOPIXなど自分が基準にする指数が、200日移動平均線の上か下かを確認します。上なら守りは軽く、下なら守りは厚く。ここで迷ったら「中間」を取ってください。初心者は極端に振れるほど失敗しやすい。
チェック2:金利とドル円(日本株の場合)
日本株は為替の影響が大きいので、ドル円と米国金利の組み合わせを見ます。例えば、米国金利が上がり、ドル円が急変動している局面は、輸出株・グロース株のボラが上がりやすい。セルインメイ期間はこういう“揺れ”が出たときに損をしやすいので、リスク量を落とす合理性があります。
チェック3:ポジションの偏り(テーマ株比率、信用取引、集中投資)
セルインメイは「市場が弱いかも」という話ですが、あなたの損益はあなたのポジションで決まります。テーマ株に偏っている、信用取引をしている、1〜2銘柄に集中している。こうした状態で夏場に入るのは危険です。セルインメイは、こうした偏りを修正する絶好のタイミングです。
実行:やることは3つだけ
- 現金比率を少し上げる(全売りは禁止)
- ボラが高いポジションを減らす(テーマ株・信用・集中)
- 「戻す条件」を先に決める(10月末、またはトレンド回復など)
この3つを守るだけで、セルインメイは“再現性のある運用ルール”になります。逆に、これを守らずに勘で売買すると、セルインメイはただのノイズになります。


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