シャープレシオを√252倍していい?自己相関で変わる年率換算の落とし穴

シャープレシオを√252倍していい?自己相関で変わる年率換算の落とし穴を表す概念イラスト。AI生成。 クオンツ投資

日次シャープレシオに√252を掛ければ年率になる。表計算でよく見かける式だが、あらゆる売買成績にそのまま使えるわけではない。損益が連続して同じ方向へ動く、評価価格の更新が遅い、複数日にまたがる成績を重ねている、といった条件で年率換算の意味は変わる。

この記事の目的は、複雑な統計処理で高い数字を作ることではない。自分の成績表にあるシャープレシオが、何を仮定して計算されたのかを説明できるようにすることだ。二日分の分散を手計算するところから始めよう。

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シャープレシオは平均超過リターンを変動で割る

基本形は、同じ期間のリスクフリー収益等を差し引いた超過リターンの平均を、その超過リターンの標準偏差で割ったものだ。日次データなら日次同士、月次なら月次同士で計算する。分子を年次、分母を日次にしてはいけない。

例えば日次の平均超過リターンが0.05%、標準偏差が1%なら日次シャープは0.05となる。独立で同じ分布という単純な仮定の下では、252期間へ集計した指標の近似は0.05×√252で約0.79になる。ここで252は計算上の仮定であり、全市場共通の日数ではない。

なぜ平方根が登場するのか

平均は期間を足せば期間数に比例する。一方、互いに無相関で同じ分散を持つリターンの和では、分散も期間数に比例するため、標準偏差はその平方根に比例する。平均の増え方を標準偏差の増え方で割ると、平方根だけが残る。

ここで計算しているのは、期間リターンの和を用いた集計の考え方だ。実際の複利年間リターンの分布と厳密に同じではない。小さい短期リターンでの慣行的な近似と、資産額を倍率でつないだ実現成績を区別すると、指標の意味を過大に広げずに済む。

二日分の分散には共分散が入る

二日の日次リターンを足した分散は、一日目の分散+二日目の分散+2×両日の共分散になる。二日が同じ標準偏差σを持ち、相関がρなら、分散は2σ²(1+ρ)だ。ρがゼロでないと、単純な√2倍にはならない。

標準偏差1%、一日遅れの相関0.5という架空条件なら、二日合計の標準偏差は√3%で約1.73%となる。相関ゼロなら√2%で約1.41%。正の関係を無視すると、二日分をまとめた変動を小さく見積もることになる。

二日合計の分散は一日ずつの分散に共分散の二倍を足すため、相関ゼロの2に対して相関0.5では3になる面積図
図1 日次標準偏差1%の架空例。分散へ共分散が加わるため、標準偏差の単純な平方根換算が変わる。

正の自己相関があると何が起きるか

自己相関とは、同じ系列の現在の値と過去の値との関係である。正の自己相関があれば、平均から上に外れた日が続きやすいなどの性質がある。ただし、上昇日の翌日は必ず上昇するという意味ではない。

トレード損益の持続、流動性の低い資産の遅い時価更新、ポジションを数日にわたって調整する運用など、原因は複数考えられる。統計的な特徴を発見したら、それを売買の優位性と呼ぶ前に、価格更新や集計方法が作ったものではないかを点検する。

一般の期間数では複数の遅れを見る

定常的で同じ分散を持つ系列について、q期間の和の分散は、日次分散に「q+2Σ(q−k)ρk」を掛けた形で表せる。ρkはk期間離れたリターンの相関で、kは1からq−1までだ。一日遅れの相関だけが全てではない。

したがって、年率シャープへ一つの相関係数を入れればいつでも正解になるわけではない。どこまでの遅れを推定するか、標本が十分あるか、定常性があるかを検討する必要がある。相場環境が大きく変われば、過去の平均や相関を将来へ固定する根拠も弱くなる。

月次データの架空例で違いを見る

月次の平均超過リターン1%、標準偏差2%なら月次シャープは0.5だ。12カ月が無相関なら、0.5×√12で約1.73になる。一方、一カ月遅れの相関が0.3、それより長い遅れの相関はゼロと仮定すると、分散の倍率は12+2×11×0.3=18.6となる。

平均の倍率は12なので、期間集計したシャープは0.5×12÷√18.6で約1.39となる。0.3という数値は実市場の推定値ではなく、換算条件の差を見せるための仮定だ。いつも一定割合だけ割り引けばよいというルールにはしない。

月次シャープ0.5の12カ月換算は無相関なら約1.73、1カ月遅れ相関0.3のみなら約1.39となる計算比較
図2 同じ月次平均・標準偏差でも、期間間の関係が違えば換算値は変わる。和のリターンによる説明。

重複する五日リターンを独立な観測と数えない

毎日、直近五日間のリターンを計算すると、隣り合う観測には四日分の値動きが重なる。元の日次リターンが独立でも、重複した五日リターン同士には機械的な関係が生じる。行数が250行あるから250個の独立な五日間があるとは言えない。

実際の保有期間が五日なら、重複ポジションを含む口座の日次損益を作る方法と、重ならない五日区間で評価する方法を区別する。分析対象を定義せず、都合よく日次・五日・月次の年率係数を付け替えると、同じ戦略でも数字を操作できてしまう。

取引のない日を削ると年率の時計が変わる

一年に20日しかポジションを持たない戦略で、その20日の損益だけを取り出し√252倍すると、取引機会が毎日あったかのような指標になる場合がある。口座運用を評価するなら、取引のない日の現金収益や費用を含め、同じカレンダーで系列を作る。

取引単位の損益分布を知りたい場合には、取引ごとの統計として示せばよい。ただし、それを時間単位のシャープと同じ名称で比較しない。取引回数、保有期間、同時建玉数が違う戦略を、同じ年率表示だけで並べないことが重要である。

標準偏差が小さすぎるときは価格の鮮度を疑う

価格が更新されない資産は、見かけ上は毎日ほとんど動かず、ときどきまとめて変化する。滑らかな評価額から計算した高いシャープは、実際の換金価格の安定性を表していない可能性がある。

値動きのない日数、評価価格の取得時刻、気配と最終約定の差、実際の売買価格を確認する。価格が固定されていることと、リスクが固定されていることは違う。統計補正を行う前に、評価系列が経済的なリスクを適切に測っているかを点検したい。

相関を補正しても推定誤差は残る

平均も標準偏差も相関も、観測データから推定した値であり、真の値を知っているわけではない。短い期間に偶然好成績が続けば、シャープは高くなる。計算式が高度でも、標本不足を解消することはできない。

Andrew Loの研究は、シャープレシオの推定誤差と、自己相関がある場合の時間集計の問題を扱っている。実務では数値を小数点以下まで細かく順位付けするより、観測期間、標本数、換算方法、推定の不確実性を併記する方が有益な場合がある。

負の自己相関だから安心ということでもない

負の自己相関なら、ある期間の上振れを次の下振れが打ち消し、合計の変動が小さくなる場合がある。しかし、その関係が将来も維持される保証はない。価格のビッドアスク往復が作る見かけの反転など、取引費用を払えば消える関係もある。

補正後のシャープが上がったことだけを喜ばず、負の相関の原因を調べる。実際に保有した口座リターンなのか、約定値の跳ね返りをそのまま成績とした系列なのかで意味は違う。指標の改善と戦略の改善を混同しないことが必要だ。

リスクフリー収益も期間と通貨を合わせる

日次リターンから年率の金利をそのまま引いてはいけない。年率が仮に4%なら、日次へ変換した基準収益と比較する必要がある。実効年率を営業日252日で分ける単純な例では、1日分は1.04の252乗根から1を引いた値になる。ただし実際の基準金利の表示慣行や休日の付利は別に確認する。

ドルで測った戦略収益に円の基準金利を組み合わせるなど、通貨の不一致にも注意する。現金部分の利息が口座収益へすでに入っているなら、基準収益との差をどう定義したかを記録する。自己相関を丁寧に補正しても、分子の超過収益が不整合なら比較は成立しない。

補正方法を選ぶこと自体が最適化になり得る

自己相関を何期まで使うかを変え、最も高いシャープレシオになる設定だけ採用すると、補正が成績をよく見せる道具になる。分析前に期間の決め方を置き、複数の妥当な条件で結果がどの程度変わるかを併記する方が判断しやすい。

例えば同じ戦略を前半と後半に分け、平均、標準偏差、自己相関が安定しているかを見る。前半だけ強い正の自己相関があり、後半で消えるなら、全期間の一つの係数を将来へ持ち込むことには限界がある。推定値を精密な定数ではなく、標本から得た不確かな値として扱う。

高い数値を選び出した履歴も残す

百通りのパラメータを試して最も高い一つを選ぶと、偶然よかった候補が残りやすい。自己相関の補正は、試行回数による選択の偏りを自動的に消すものではない。検証に使った候補数、採用基準、未使用の評価期間を別に管理する。

標準偏差の計算で標本補正を使うかどうか、欠損を除いた後に何観測が残ったかも保存する。小さい標本で数字の小数点を増やしても、確実性が増すわけではない。二つの戦略の差がわずかなら、数字の順位より費用の安定性や実行可能性を優先する判断もある。

複数戦略を比べる前のチェックリスト

異常な一日を除く場合は、除外理由を成績を見る前に定義する。大きな損失だから消すのと、データの誤記を訂正するのは別である。訂正前後の数値を残し、実際に負担した損失は取引成績から取り除かない。自己相関の推定も、同じ採用期間の系列でやり直す。

日次の基準時刻、基準通貨、費用の反映、リスクフリー収益、入出金調整、評価価格、無取引日の扱いをそろえる。次に自己相関を複数の遅れで調べ、単純換算と条件を変えた換算で順位が大きく動くかを確認する。

最終的には最大ドローダウン、下方の大きな損失、必要証拠金、換金可能性も併せて見る。シャープレシオは平均と変動を一つへまとめる便利な尺度だが、破綻リスクや資金繰りの全てを表すものではない。高い数字より、その数字が成り立つ条件を説明できることを重視したい。

参考:Andrew W. Lo「The Statistics of Sharpe Ratios」著者による研究紹介。本文の数値と計算例は独自の仮定。

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お金稼ぎの現場で役立つ「投資の地図」を描くブログを運営しているサラリーマン兼業個人投資家の”p-nuts”と申します。株式・FX・暗号資産からデリバティブやオルタナティブ投資まで、複雑な理論をわかりやすく噛み砕き、再現性のある戦略と“なぜそうなるか”を丁寧に解説します。読んだらすぐ実践できること、そして迷った投資家が次の一歩を踏み出せることを大切にしています。

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